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都市伝 〜近代伝承のススメ〜  作者: スネオメガネ
第5話 ヒトガタ様
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動く死体

 真依は、堂々と、まるで逸る気持ちを抑えるように、ゆっくりと歩く。一歩一歩噛みしめるように。綾子の元にたどり着いた真依は、一瞬、緊張した面持ちを見せ、ゆっくりと綾子の額に触った。


 一瞬で、空気が変わるのを感じる。夏の熱気に包まれていたはずの廃墟の地下室が一瞬で、肌寒くなる。背筋を悪寒が走り、静寂に包まれていた部屋の中で、風の音が響き始める。


 私は、あの時と同じ様に中心の円に向かう。この空気の中に、少しでも長くいたくない。わざと失敗させると知っていても、耐えられない。あの円に辿り着く事ができれば、全て救われる。その衝動は、7年前の夏とまったく同じだった。


 真依が描いた円は、以前のそれとは違い、大きく描かれ、4人で円の中に入る。固唾を飲みながら、綾子を見る。綾子は、ピクリとも動かない。


「ねぇ…、しっぱ」


「しっ!」


 美奈子が何か言おうとするのを、真依が止める。

 再び、静寂が部屋を包む。


 動かない綾子を見守って、どれくらい時が経ったのだろう。このまま、永遠の時が過ぎるかと思われた、その時、変化が起きた。


 綾子の手が動いた気がしたのだ。


「…来たわ…」


 真依が呟く。少し、声が震えている。それが、恐怖のためか、歓喜のためかはわからない。


 すると、次の瞬間、綾子の身体が回転し、俯せになる。


「ひっ!」


 美奈子が、声を漏らす。


 ゆっくりと、綾子の首が持ち上がり前を見る。長い髪が顔を覆い、円の中からは、その表情を伺う事が出来ない。腕がゆっくりと、前へ伸びる。7年前の夏と同じだ。

 綾子は、あの時の人形と同じ様に、ゆっくり這い始める。右腕を伸ばし、床に指を立てる。その後、左脚を曲げ、足先を床に立てる。そのまま、右脚を引きずりながら、ゆっくりと左脚を伸ばし、右腕を曲げていく。次は、左手を伸ばし、右脚を曲げていく。


ゆっくりと、ゆっくりと。


 綾子の、その姿は、人形の時と比べようもないほど、禍々しく感じ、私は両肩に寒気を感じる。そして、その寒気は首筋を通って、背中へと伝播していく。

 とんでもないことをしてしまったのではないだろうか?誰も声を出す事が出来ないまま、その様を見る。


 突然、綾子がその場に倒れる。それを見て、ようやく我に帰った私は、他の3人を見る。真依が円から出ていた。


「? なにやってんの?早く、円から出なさいよ」


 真依が、いつもと同じ様な口調で言い放つ。真依が強制的に儀式を終わらせたのだ。

 美奈子は、へたり込んだまま、動かない。涼子は、少し戸惑いを見せたが、すぐに円から出た。私は、へたり込む美奈子に肩を貸して、一緒に円から出る。


「じゃ、最後に締めの呪文を、みんなで言って、神社に行きましょう」


 真依が満面の笑みを見せる。何が彼女を『ヒトガタ様』に拘らせたのか?7年前の私のせいなのだろうか?


「じゃ、いくわよ、せ〜の!」


「「「「ヒトガタ様、ヒトガタ様、お帰りください」」」」


 真依を除く私達は、かろうじて呪文を唱え、儀式は完全に終了した。私は怖くて、綾子の方を見ることができなかった。


 真依は、上機嫌で、いかに綾子の動きが不気味だったかを話していたが、私達3人は終始無言のまま、福浜神社へ向かった。時刻は、17時前だった。


 ***********************


「いやぁ、今は、御守りは置いてないんだよなぁ」


 笑顔で語るジャージ姿のメガネの中年神主の言葉に私達は絶句する。なんでも、先代が引退した時に、御守りを置くのをやめてしまったらしい。どうやら、全然、需要がなかったようだ。祝詞くらいなら、上げられるということで、結局、私達は祝詞だけをお願いした。


 ジャージ姿の神主が、そそくさと着替えて戻ってくる。私は、先代の神主の方にお世話になった旨を伝えると、3年前に他界したということだった。


 もともと、福浜神社は、今の神主さんが、10年前から宮司をやっていたが、他の神社(隣の市の大きな神社)と兼務をしており、先代の宮司である父、すなわち7年前に祝詞を上げてくれた神主さんが常駐して、近隣住民の対応をしていたと言う。

 御守りも、先代が常駐してくれているということで、兼務している神社から、持って来ているものだった。先代が亡くなってからは、需要もなく、常駐できる人もいないため、御守りも売らなくなったと言う。


 私達は、効くかどうかわからない祝詞をあげてもらい、神社を後にした。


 ***********************


「ま、しょうがないじゃない?まさか、もう売ってないだなんて、知らなかったわけだし」


 真依が明るい声を出す。私達を元気付けようとしているのか、本当に嬉しいのか、わからない。


「…」


「じゃ、私帰るから!みんなも気をつけてね!」


 真依が、近所に住んでいるはずの私すらも置いて、去っていく。唖然としている私は、追いかけることが出来ずに、涼子と美奈子と3人で取り残された。


「さて、御守りも手に入らなかったわけだし…、これからどうする?」


 涼子の声も明るい声だった。涼子の場合は、きっと私達を元気付けるための明るさだとわかった。


「いやぁ、私、霊とか信じてなかったけど、本当に動くもんなんだねぇ」


 呑気な声を出す。黙り込んでいる美奈子と私に涼子が続ける。


「一応、警察…行く?」


「絶対、嫌!あんな怖い思いまでしたのに、警察なんて!そんなんなら、最初から、あんな儀式やるもんですか!」


 美奈子がヒステリックに怒鳴る。


「美奈子も、もう帰る!」


「あ!待って!美奈子」


 私の呼び掛けに、一瞬、こちらを見たが、そのまま去って行く美奈子。


「あ〜ぁ、帰っちゃった。…私達も帰ろうか?」


「待って、まだ帰らないで。助っ人に相談してみるから、一緒に話を聞きに行こう」


 帰る提案をする涼子を引き止める。このままでは、7年前の二の舞になってしまう。私は、助っ人に声を掛ける事にした。

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