『ヒトガタ様』、再び
結局、真依に言いくるめられる形で、私達は『ヒトガタ様』をやる事になってしまった。部屋は、綾子が死んでいた、何もない部屋でやる事になった。
「みんな、死体に触りたくないでしょうから、綾子を動かすのと、4人目は、私がやるわ。あとの順番は、3人で勝手に決めていいわ」
真依の発言により、最後に死体に触るのは真依に決定した。
「美奈子は、1人目は絶対に嫌!死体のある場所からスタートなんて、美奈子には絶対出来ない!」
美奈子が主張する。
「じゃあ、私が1人目をやるよ」
涼子が1人目を名乗り出る。
「じゃあ、私が2人目をやるわ」
私が、そう言うと美奈子が反対する。
「3人目って、真依が綾子に触った時、隣の角にいるのよね?美奈子、2人目がいい」
「いいのかい?2人目は、開始時に綾子の隣の角にいる事になるけど…」
涼子が質問する。
「動き出す間際の綾子とは、出来るだけ、距離を取りたいの。2人目なら、その時は対角にいるんでしょ?なら、2人目がいい」
結局、順番は涼子、美奈子、私、真依の順番になった。中心の円は、真依が口紅で描いていた。どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「さ、やりましょうか?神社にも行かなきゃいけないから、とっとと済ませましょ」
「質問を書いた紙とかはいいの?」
上機嫌に話す真依に私が水を差す。
「….そうね、出来るだけ再現しといた方がいいかもね…。美奈子、なんか適当に書いといてよ」
真依が、口紅とレシートを差し出す。レシートの裏に口紅で書け、と言う事だろう。わざと失敗する予定なので、この辺はおざなりだった。
「え?美奈子、そんな質問なんて、思いつかないよ?」
チッ。
真依が、舌打ちしたのが聞こえた。
「そんなん、何だっていいわよ。隣のクラスの浅野君の性癖でも聞いておけば?」
その冷たい態度に、美奈子が泣きそうになっていた。
「明日の天気は晴れですか?とかにしておけば?」
思わず、助け舟を出す私。
何度も頷きながら、美奈子はレシートの裏に何か書いて、2つ目の角に配置して、そのままそこにスタンバイした。
私も3つ目の角に立ち、真依も微笑みながら、4つ目の角に立った。
最後に、涼子が、綾子が仰向けに転がっている角に向かい歩き出した。
「じゃ、やろうか」
涼子の堂々とした態度に惚れそうになる。いつも毅然とした、その態度は、こんな時でも崩れる事はなかった。涼子は、そのまま、3人を順番に見て頷く。呪文の合図だ。
「「「「ヒトガタ様、ヒトガタ様、お願いですから、降りてきてください」」」」
薄暗い部屋で、涼子がスタートを切る。いつものように、自然な歩き方で。
涼子が、美奈子にタッチすると、美奈子がオドオドしながら、歩き始める。涼子と比べると酷なのかもしれないが、ひどく不安定でゆっくりとした歩き方だった。
美奈子が、無事に私のところに来る。泣きそうな顔だった。タッチされた私は、真依を見る。真依は、妖しい笑顔で、こちらを見ている。
なんでこんな時に笑えるのだろう?
私は、足元を見ながら、ゆっくりと真依の方へ向かう。いいのだろうか?このまま、進んで。やめるなら今、この時だ。
私の歩みが止まる。
顔を上げて、真依を見る。笑っていた真依の顔が、無表情なものに変わっていく。怒っているのだ。
「由宇…」
涼子の声が聞こえた。
「何やってんのよ!バカ由宇!早く、終わらせてよ!」
美奈子が罵っているのが聞こえた。
真依は、無表情なまま、こちらを見ている。さっきまで、あんなに上機嫌だったのに…。真依は、無表情なまま、こちらに手を差し出した。
「早く来なさい。いつまで、私を待たせるの?」
静かに真依の声が響く。女王の風格だ。私は、綾子を見る。美奈子が、口汚く罵っているのが聞こえる。真依が静かに囁き始める。
「…由宇…、迷うのは、よくわかるわ。でも、あなたは、いつだって、私の味方だったじゃない?」
それは、負い目があったから…。
「あなたは、私の左脚を奪った償いをしなきゃいけないの」
今度は、左脚だけじゃ済まないかもしれない。
「これが終わったら、昔の関係に戻れるわ」
そうだろうか?
「…由宇…、ゆっくりでいいから、こっちに来て」
…。
「私、ずっと、あなたに甘えて来たわ。本当は、こんな関係、ずっと嫌だった…。だから、私はこの儀式を再びやって、乗り越えて、あなたに対して、抱いた気持ちに決着をつけなきゃいけないの」
無表情だった真依の眉が八の字に下がる。女王が懇願するような顔を見せる。胸が痛むのを感じる。
「早く、この気持ちから解放されたいの!」
女王が、感情を露わにする。
「早く、助けてよ!由宇!」
私は、いたたまれなくなって、一歩を踏み出す。今にも泣きそうな真依の肩を抱きしめるために…。
私は、両手で顔を覆って、蹲る真依の近くまで行き、肩に触れる。瞬間、真依は立ち上がり、私に向かって言い放つ。
「さっさと来なさいよね!このグズ!」
唖然とする私を置いて、真依が綾子に向かって歩き出す。先程までの態度が嘘のようだった。