悪夢の終わり
祖母が何を考えて、首を吊ったのかはわからない。
ぶら下がる祖母を見て、呆然としていると、買い物帰りの母が、何かを言って騒いでいたような気がする。だが、私は、音のない世界で、祖母との思い出を噛み締めていたような気がする。
それから、救急車やら警察が来て、ワチャワチャやっていた。私は、その間、自分の部屋にいるように言われた。時々、警察の人が話を聞きに来ていたが、何を話したかは覚えていない。
前日に神社で貰った祖母とお揃いの御守りは、いつの間にか、ボロボロになっていた。それが、祖母の死と今回の騒動とが無関係ではない、と私を責めているような気がして、御守りを直視できずにいた。
その後、お通夜や葬式でバタバタして、真依が祖母が死んだ次の日に入院した、と聞いたのは、晃太と真依の家に行った日の5日後のことだった。
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「…なに?」
病室に見舞いに行った私を冷たく出迎える真依。
「えっ、ごめん。入院したって聞いたから、何があったのかと思って…」
私を睨んだまま、黙り込む真依。沈黙にいたたまれない気持ちになる。しばらく、黙り込んでいた真依が口を開く。
「…左脚をね…、切断したの。…壊死したの…」
!
確かに、タオルケットで隠されている真依の両足は、左脚があるはずの部分に膨らみがない。太腿の先あたりから、本来そこに主張しているはずの膨らみがなく、ペタンと沈んでいるタオルケットが、あまりにも無残に見えた。
「…あの人形の…せい?」
「…あんたのせいよ…」
真依が、静かに、冷たく言い放つ。私は、何も口に出来ず、押し黙る。真依は、そんな私を無視するように、自分の荷物を漁り出す。そして、荷物から取り出した物を私に放り投げる。
「それ、燃やしておいて」
なんとかキャッチした物を見て、私は心臓が口から飛び出しそうになる。人形だった。手足をガムテープでぐるぐる巻きにされ、蓑虫のようになったそれは、顔の左側に焦げ目のある、オカッパ頭の市松人形だった。
!
私の手の中のそれは、モゾモゾと動き始め、私は思わず落としそうになる。ガムテープに包まれていない唯一の部分である顔は、とても悲しそうな表情を浮かべていた…。
あの後、この人形は真依の所に行ったのだ。そして、真依の左脚を…。真依は、人形をなんとか捕まえて、動けないようにしたのだろう。私は、晃太と一緒に人形と遭遇した話と祖母が亡くなった事を話し、お見舞いに来るのが遅くなった事を謝った。
その間、真依はつまらなそうに髪を弄りながら、話を聞いていた。聞き終えた真依が冷たく言い放つ。
「…今から寝るから、用がないなら、帰って…」
真依は、今までと違い、私に冷たかった。真依の身に何があったのかを語る気はないようだった。
私のせいで、『ヒトガタ様』をやってしまい、友人を2人失い、自分も左脚を失ったのだ。儀式をやったメンバーの中で、五体満足なのは、私だけだった。
真依が私に冷たくあたるのも仕方ないのだと思った。
私は、真依に掛ける言葉が見つからず、ごめん、と一言残して、モゾモゾ動き続ける人形を抱えて、病室を後にした。
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私は、一度、ライターを取りに家に帰った。蓑虫状の人形は、その道中もモゾモゾと動き続けていた。表情は、相変わらず、悲しそうな表情をしていた。悲しいのは、こっちの方だ。
段々、イライラが募る。何度も、地面に投げつけてやろうか、という衝動が起こる、が、叩きつけた際に、ガムテープが剥がれでもしたら大変だと、なんとか思いとどまった。
家に着くと、晃太が玄関前に立っていた。
私の持っている人形に気付くと、驚いた顔をした。
「捕まえたのか!?」
「…真依が…ね」
「そっか。これで、全部終わるんだな。…真依は?」
動きが激しくなる人形を押さえつけながら、私は答える。
「病院。左脚を切断したんだって。多分、こいつのせい…」
言葉を失う晃太。脚の切断と聞いたら、誰だってそうなるだろう。
「これから、学校に行って、こいつを燃やすの」
「俺も行くよ」
私は、ライターと人形を入れる鞄を持ってきて、晃太と一緒に学校に向かった。2人とも、学校に着くまで、無言だった。
焼却炉に着くと、目立たないように鞄に入れていた人形を取り出す。これから、燃やされるのが、わかるのか、一段と動きが激しくなっていた。
私は、先に焼却炉の中の紙に火を付け、中一面に火が広がるのを待った。確実に人形を燃やすためだった。
火が広がるのを確認し、人形を中に投げ入れ、蓋をする。蓋をした焼却炉の煙突から煙が吐き出され、周囲に熱気が滲み出る。
バンッ!
中から体当たりしているのか、焼却炉の蓋が揺れる。何度も何度も音がする。
これで、全てが終わるのだ。
私は、音が止み、煙が出なくなるまで、涙を流しながら、炉を見ていた。
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その後、エテ吉兄さんは、証拠不十分で釈放されたと聞いた。母からは、もう一緒に遊んではダメだと言われたが、エテ吉兄さん自体が、部屋に引き篭もり、外をフラつく事がなくなったため、まったく会わなくなった。
晃太は、しばらくして、町外れの空手道場に通うようになり、学校以外の場所で会うことは、少なくなった。
真依は、相変わらず私に冷たかったが、離れていく事は許さなかった。
私は、あれ以来、笑う事か少なくなった。
2人の友人を奪い、関わった者に確実な爪痕を残し、『ヒトガタ様』の物語は幕を閉じた。
…はずだった。