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都市伝 〜近代伝承のススメ〜  作者: スネオメガネ
第1話 お告げ屋さん
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お告げ屋さん②

「ただいま」


 俺は、玄関を開け、愛する妻と息子に告げるつもりで呟いた。...が、いつものように返事がない。時計を見ると、23時を過ぎていた。息子の和也はとっくに寝ており、妻の加奈子はお菓子を食べながら、録り溜めしてあるドラマを見ていた。俺が帰ってきたことに気付いているはずなのに、「おかえり」のひとつもない。


 いつから、こんな感じになってしまったんだろう。


 俺は、溜息をついて、冷蔵庫を開ける。中に入っているビールを一本取り出し、カシュっとプルトップを開ける。半分程、一気に飲み干して、ドラマを見ている妻に尋ねる。


「和也は寝たのか?」


「見てわからないの?寝てないっていうなら、和也はどこにいるっていうの?」


 想像通りのツンケンした返事が返って来た。ああ、そうか、と一人ボヤいて、半分程残ったビールを冷蔵庫に戻す。妻との会話は、残業が増えた頃から、ずっとこんな調子だ。


 俺は、ため息を吐きながら、風呂場へ向かった。


 すっかりぬるくなった湯に追い焚きをかけ、温めなおす。その間に、昼間の汗をシャワーで流す。

 一通り、洗い終わった頃には、浴槽の湯もすっかり温まっている。


 俺は、湯船に浸かり、深いため息を吐いた。


 最近、和也と一緒にお風呂入ってないなぁ。


 ここ、3ヶ月、営業が短納期の仕事ばかり受けてくるせいで、我々作業員は残業の嵐となっている。いつも受けている大口の案件だけだと、経営的にキツイらしく、新規開拓として、短納期を売りに仕事を受けているのが原因だ。結果、帰りが遅くなり、4歳の息子の相手をする事も出来ず、いつも寝顔だけを見る生活となってしまった。妻の加奈子とも同様で、まともな会話はできていない。週末になると、加奈子とは必ずと言っていい程、言い合いになる。まるでケンカをするために休日を迎えているような日々が続いている。


 仕事だから、仕方がないとは思うのだが...


 一体、何のために仕事をしているのか、わからなくなってくる。家族を幸せにするために、お金を得ようと仕事をしているはずなのだが、いつのまにか、仕事が理由で家族を傷付けてしまう。


 いっそ、別れてしまえば...


 独り身に戻ってしまえば...、


 好きな時に飲みに行ける。

 休日も昼までダラダラ過ごすことができる。

 毎日、好きな食事を自分で選べる。

 仕事で疲れて帰った後に、

 嫌な気分になることもない。


 思考が暴走する。


 このままだと、いつか爆発して離婚を口に出してしまいそうだ。これ以上、自分が嫌いになる前に、別の事を考えようと、両手でお湯をすくい、顔を洗う。不意に、昼間、井上から聞いた都市伝説を思い出した。


「お告げ屋さん」かぁ。


 間抜けな都市伝説だったなぁ。


 自分が死ぬとわかっていながらも、変えたい未来ってのは、どんな未来なんだろう?例えば、交通事故に遭うお告げを聞いたとする。なんとか、その未来を変えようとする。例えば、事故に遭う予定の場所に近付かないようにする。そして、予定の日時に事故に遭わずに済んだ。

 やったぁ、って喜んでみても、未来を変えた代償が命ってなったら、意味がないといえるだろう。


 断片的にしか、聞いていないせいか、都市伝説としても不完全な気がした。俺は、気を取り直して、湯船の栓を開け、浴槽から出た。日課の風呂掃除をするために。


************************


 風呂から出た俺は、タオルで身体を拭きながら、半分残しておいたビールを冷蔵庫から取り出し、夕食をレンジで温めた。


 加奈子は、俺が風呂に入っている間に寝室に行ったようだった。


 テレビのチャンネルをニュースに合わせ、ビールを煽る。至福の時間だった。テレビでは、ニュースキャスターが、連続通り魔事件について喋っていた。まだ犯人は捕まっていないらしい。結構、近い地域のニュースだった。


 だが、俺にとっては、ただの他人事だ。


 また、バカな奴がバカな事件を起こしているなぁ、とボヤきながら、温めた夕食を食べていた。独身の頃なら、確実に2本目へと移行するビールだが、残念ながら1本で我慢して、食事を終わらせた。


 時計を見ると、午前0時を過ぎていた。


 俺は、和也の保育園の支度をして、ベッドにむかった。


************************


 翌朝、会社に着くと、井上から体調不良で休むという連絡を受けた。普段、熱があっても滅多に休まないほど、責任感の強い井上が休むと言うことは、相当、体調が悪いのだろう。


 休みなものは仕方がない。


 俺は、急遽、休みになった井上のカバーをするため、段取りの予定を大きく変えて、スケジュールを組み直した。まぁ、どう頑張っても残業は、いつもより長くなる。明日、井上が来たら、コーヒーの一杯でも奢ってもらいしかあるまい。俺は、仕事に没頭した。


 思っていた通り残業は長引き、仕事が終わったのは、23:30を過ぎていた。家までの通勤時間1時間を考えると萎えてくる。後片付けをしていると、社長が沈んだ顔でやって来た。


「竹内君、君、井上君と仲良かったよな?」


「はぁ、同じグループのメンバーですし、悪くはないです」


「そうか...。その...、井上君なんだが...」


 なんだか、歯切れが悪い。社長がこういう調子の時は大抵、悪いニュースを持ってくる時と、相場が決まっている。


「井上がどうかしましたか?」

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