苦しい時の神頼み
「あぁ、なるほど、なるほど。この子だね」
白い着物姿の老人が、私をジロジロと見ながら言う。なんだか、嫌な感じがする。
「はぁ、なるほどなぁ。こりゃ確かに厄介だわな」
なおも続ける老人。私は不安な気持ちになって、祖母を見る。祖母も心配そうに私を見ている。
「でも、あんた、本当にいいのかい?」
「まぁ、わしゃ、老い先短いでなぁ。可愛い孫のためじゃ」
「ふむ、可愛い孫なら、しゃあないなぁ。わかった。後は任せなさい」
老人と祖母が、何かを話している。話が見えない私は、2人のやり取りを聞いていた。
「由宇ちゃん、今から神主さんにお願いして、祝詞を上げてもらうから、ばあちゃんと一緒に氏神様にお願いしよう」
祖母が私に言い聞かすように話す。老人は、御守りを取り出し、祖母と私に1つずつ手渡してくる。
「おじちゃんが、今から祝詞を上げるから、これを持って、頭を下げて、頭の中で氏神様に、『面白半分に霊を呼び出して、ごめんなさい』って祈るんだよ?」
コクリと頷く。
「終わったら、二礼二拍手一礼といって、2回礼をして、2回柏手を打って、最後に1礼だ。それが神様に対する礼儀だでな」
私は、再びコクリと頷く。それを見て、老人が笑う。
「じゃあ、まず手と口を清めておいで」
老人の言葉を受けて、祖母が私の手を引いて、水場に向かう。要は、お祓いということだろう。
私は、言われるがまま、御守りを握りながら、訳の分からない独特のリズムの祝詞を聞き、二礼二拍手一礼で儀式を済ます。これで、人形に襲われる事はなくなるのだろうか?もう大丈夫だと笑う祖母を見て、疑いの気持ちもあったが、これで終わってほしいという気持ちの方が強かった。
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その晩、私は信じられないニュースをTVで見ることとなった。
歩美が、何者かによって、殺されたというニュースだった。風呂上がりに牛乳を飲みながら、TVを見ていた私は、コップを落としそうになる程、驚いた。
ニュースによると、カッターのようなもので、頸動脈を切断されていたということだった。警察は、前日の夕方に歩美と一緒に歩いていたという男性を重要参考人として、事情を聞いているという事だった。
エテ吉兄さんだ。
警察は、エテ吉兄さんを疑っているのだ。そして、きっと歩美は、人形に殺されたのだ。次は、私か真依の番だ。私は、震えながら祖母に抱きついた。
祖母は、大丈夫、大丈夫と私の頭を撫でてくれたが、私の震えは止まらずに、その日は祖母と一緒に寝る事となった。
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次の日、ラジオ体操に行くために、外に出た私は、晃太が1人で立っているのを見つけた。私は、どう声を掛けていいのか、わからずに黙ったまま、晃太を見つめた。
「…歩美が殺された…」
「…うん、知ってる…」
「…エテ吉兄さんが、警察に連れてかれちまった…」
「…うん、それも知ってる…」
「…神崎は、今日休むってさ…」
「…そっか、それは今知ったかな…」
私達は、ラジオ体操に向かった。いつもより、口数は少なかった。私達が、エテ吉兄さんに頼らなければ、彼は平穏にニート生活を続けていただろう…。私が、『ヒトガタ様』の話をしなければ、洋子も歩美も元気に夏休みを満喫していただろう…。後悔ばかりが浮かぶ。
「…何を考えてるか、知らねぇけど、お前は悪くない」
唐突に晃太が、切り出す。
「『ヒトガタ様』の話をしたのは、確かにお前かもしんないけど、実際にやろうってなったのは、みんなで決めた事だろ。それに、そもそも『ヒトガタ様』の話をお前に教えたのは、エテ吉兄さんだし、エテ吉兄さんを巻き込んだのは、俺のせいだ…」
「だから、お前は悪くない」
晃太が不器用に励ましてくる。その優しさに涙が出そうになる。
「晃太」
「うん?」
「ありがと」
そうは言っても、私は自分が悪くないなんて思えない。晃太にお礼を言っても、その気持ちを払拭する事はできなかった。私は、無言でラジオ体操に向かった。
「…あぁ!もう!調子狂うなぁ!お前は、いつでも笑いながら、憎まれ口叩いとけよ!俺は、そんなお前が…、その…、なんだ…、…アレなんだから」
晃太が、最後の方、なにやらゴニョゴニョ言っているのが、妙に可笑しくて、私は微笑んだ。
それを見た晃太は、赤くなった顔をホッとしたような表情に変え、私の頭に手をポンと置いた。
「それでこそ、お前だよ」
晃太は、私の顔を見ないで言い放った。顔が熱くなるのを感じた。
「心配だから、後で真依の家に行ってみようと思うの。晃太も付いてきてくれるよね?」
私の申し出に晃太が了承し、10時に晃太が迎えに来てくれることになった。
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真依の家に行った私達は、真依の部屋に通された。晃太は、なんだかソワソワした様子だった。女子の部屋に入るのに慣れてないのだろう。
「一歩間違ったら、私や由宇が殺されてたのかもしれなかったのよ?もうショックで…。だから、あんなロリコンと遊んでちゃダメって言ったのよ」
ラジオ体操を休んだ理由を聞くと、私が予想していた答えとは違う答えが帰ってきた。真依は、歩美を殺したのは、エテ吉兄さんだと完全に決めつけているようだった。
「エテ吉兄さんが、あんな事する訳ねぇだろ」
晃太が、不機嫌そうに真依に言う。
「でも、もしあの人形が、洋子と歩美を…」
そこまで、言って黙り込む真依。何故、そこまで認めたがらないのか、わからない。あの儀式の後に、消えた人形、洋子と歩美の死、それを結び付ける事は、聡明な真依にとっては、浅はかな事なのだろうか?
「あの人形は、私の人形なのよ?それに、『ヒトガタ様』だって、やろうと言い出したのは私だし…」
しばらくして、口を開いた真依の言葉に、私はようやく気づく事が出来た。責任を感じているのは、私だけじゃないって事に。真依も自分のせいだと思っていたのだ。だから、認めたくなかったのだ。
「真依のせいじゃないよ」
私は、優しく声をかける。責任を感じるとしたら、あの場で『ヒトガタ様』の話をした私だ。真依が責任を感じることではないのだ。
「よく、わかんねぇけどさ、その場でみんなで決めたのなら、きっと、みんなが少しずつ悪かったんだ。だから、由宇も神崎も反省は必要かもしんねぇねど、責任を感じる必要はないんじゃねぇの?」
と晃太。私と真依は、泣きじゃくった。