おばあちゃんと氏神様
晃太に送られた私達は、先に真依の家に向かった。先に私が帰れば、真依は、晃太と2人っきりになれたのだが、残念ながら、私の家の方が晃太の家に近いため、その形になった。家に入る前に、真依が恨めしそうに私を見たが、仕方ない事なのだ。
2人っきりになった私は、晃太と無言のまま、家にむかった。
「それにしても、あんま変な事するなよなぁ」
晃太が、私を非難するように口を開く。そう言われても仕方ないのだが、言ってきたのが晃太ってとこにカチンとくる。
「なによ!あんたには、関係ないじゃん!…まぁ、確かに軽率だったかもしんないけど…」
「あんま、心配かけんなって事!」
晃太が、前を見ながら、吐き捨てるように言い放つ。何故か、顔が熱くなるのを感じた。
「…ごめん…」
素直に謝る私を無視するように、晃太が黙り込む。しばらくして、再び、晃太が口を開く。
「…俺が、一緒にいる時は…、守ってやるから…、俺がいない時は、気をつけろよなぁ!」
その言葉に、何故か、晃太の顔を見ることができずに、ただ、うん、としか言えなかった。そのまま、家まで、2人とも無言で歩き続けた。
家に着いて、じゃ、と去っていく晃太を見て、何故か胸が締め付けられるような気がした。私は、晃太の姿が見えなくなるまで、家に入る事が出来なかった。
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「おかえり、由宇ちゃん」
私が玄関に入ると、意外な人物が出迎えてくれた。祖母だった。
「あれ?おばあちゃん。こっちにきてたの?」
「由宇ちゃんが、夏休みって聞いてな。しばらく、こっちに泊めてもらうことになったんだわ」
皺だらけの顔を、さらに皺くちゃにして笑う祖母。私は、いつも優しくて、時々、怖い話をしてくれる祖母が大好きだった。母曰く、祖母は霊感があるらしい。祖母の体験した怖い話は、いつも私を楽しませてくれた。
最後まで、水を飲みたいと言って、病気で亡くなったおじいちゃんが、亡くなった後も夜中に水を飲みにくる話や、物置にしまってあるガラスケースに入っている人形が泣いている夢を見て、次の日、人形を出してみると、ガラスが割れていた話など、素朴で少しゾッとする話をよくしてくれた。
祖母の顔を見て、私は『ヒトガタ様』の事を相談してみてはどうか?と、思いつく。母に言っても、信じてもらえないが、霊感があると言われている祖母なら、何かいい方法を教えてくれるかもしれない。
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私は、祖母と一緒にお風呂に入っている時に、『ヒトガタ様』の話、人形が消えた事、洋子の事を話した。最初は、笑って聞いていた祖母の表情が、段々、厳しい顔になっていく。全てを話し終えた後、祖母は溜息を吐いて喋る。
「そんな事だと思ったわぁ。何か悪い予感がしてなぁ。夢で、おじいちゃんが由宇の名前を呼んどったのは、こういう事じゃったかぁ」
言い終わって、さらに溜息を吐く。
「由宇ちゃん!人形とか人型の物は、魂が宿りやすいで、遊び半分で、そんな儀式めいた事は、しちゃいけん!わかったか!?」
珍しく祖母が、怒りを露わにする。私は、黙って頷いた。
「わかればいいわ。さて、どうするかだわねぇ」
そう言って、黙り込む。祖母でも、どうしていいかわからないのだろうか?
「ねぇ、おばあちゃんも、洋子を溺れさせたのは、人形だと思う?」
「わがんね。実際、手形を見たってのが、どんだけ信憑性があるかだわ。でも、ま、由宇は怖がらんでええ。ワシがなんとかしちゃるけんね」
そう言って、由宇の頭を撫でる。それは、とても頼もしく、安心感のある温もりだった。
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次の日、ラジオ体操に行こうと家を出ると、家の前で真依と晃太が待っていた。
「どうしたの?」
「どうしもこうしたも、1人になると危ないだろうが…」
晃太がぶっきらぼうに言い放つ。
「ありがとう」
私達は、3人でラジオ体操へ向かった。
「歩美、大丈夫かなぁ」
「大丈夫よ。みんな気にしすぎ!人形と洋子の件は、関係ないわ」
私の発言に真依が反応する。真依は、人形が私達を襲うという事はないと考えているようだ。メリットがない、と。確かに真依の言う通り、人形に私達を襲うメリットはない。が、私が、今まで聞いてきた怖い話や霊の話も霊側には一切メリットがない話が多かった。
そもそも、霊がメリットなど、合理的な判断をするのか?といったところが疑問なのだが…。
ラジオ体操が終わり、朝食を終えて、宿題をやっている時だった。祖母が笑顔で、私の部屋へやってきた。
「由宇ちゃん、おばあちゃん、散歩に行こうと思うんだけど、ちょっと付き合ってくれかね?」
そう言って、私を誘ってきた。断る理由もないし、祖母の事が好きだった私は、素直に付き合うことにした。
「今から、氏神様の所に行くから、由宇ちゃんは、『もう面白半分で霊を呼ぶような事はしません』って、氏神様に反省の意思を示すんだよ。そうすれば、きっと助けてくれるから」
私は一気に気分が重くなった。祖母の話では、この地域を守ってくれる神様を氏神様と言い、特にこの地域で生まれた私は、同じ神様が、氏神と産土神を兼ねているため、何かあった時は、氏神様に助けを乞うのがいいということだった。
神社に着くと、祖母は神主さんに話があると、私を残して、社務所へ向かった。その神社は、何度も遊んだことのある神社だったが、多くの人が参拝するふような大きなものではなかった。申し訳程度に、御守りやお札は売っていたが、社務所まで人を呼びに行かないと買えないような、寂れた神社だった。
昼前とは言え、夏だ。本来は、暑いはずなのだが、そこは、木陰が多いせいか、ほんのり涼しさを感じさせる雰囲気を漂わせていた。こんなとこで1人残されていると、どこかから人形がやってきそうな気がして、私は気が気でなかった。
数分後、祖母が、白い着物姿の老人を連れて戻ってきた。