祭りの後
「ねぇ、どうする?」
沈黙を破ったのは、洋子だった。洋子は、倒れた際にぶつけた肩を押さえながら、私達を見る。
「…やっぱり、もう動かないかなぁ」
真依が残念そうに人形を見る。
「儀式失敗ってとこ?」
動かなくなって、随分経ったせいか、歩美が落ち着いた声で返事をする。
私だけが、恐怖で声が出せない。
あの人形は、本当は、まだ動けるのに、動けない振りをしているのではないだろうか?もう動かないと思って、近寄ったら、襲いかかってくるのではないか?私は、見てしまった。あの人形が顔を背けるのを…。
「ね、由宇、大丈夫?」
真依が、心配して声を掛けてくれるが、私は人形を見たまま頷く事しか出来ない。
「ま、いいわ。もう片付けましょう」
真依が、儀式の終わりを告げて、人形に近付こうとする。
「あ!」
思わず、声が漏れる。
「なに?どうしたの?」
真依が立ち止まって、こちらを見る。さっきの人形の動きを説明しようとするが、怖くて説明出来ない。それを言ってしまうと、『人形がこちらを見ていた』事を私が気付いているのが、バレてしまうからだ。
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私は、意を決して、真依に告げる。
「その人形、まだ動くよ。だって、さっきこっちを見てたもの。私が、人形に視線を戻したら、見ていた事がバレないように、元の形に戻ったんだから!」
3人が、驚いた顔でこちらを見る。
次の瞬間、人形がものすごい速さで、私達の方へ這い寄ってきた!
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ダメだ。言えない。
私は言った後、どうなるかを想像して恐怖する。
「変なの」
押し黙る私を見て、真依が再び人形に向かう。そして、人形を拾おうと手を伸ばした瞬間…、人形が真依に飛びつく。
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ダメだ。このまま、真依を人形に近づけてはダメだ。
私は、真依が人形に近付く事を想像して恐怖する。
「ねぇ、人形がまだ動くかもしれないから、先に倉庫から出した道具を元に戻さない?」
私は、平静を装い提案する。まずは、この倉庫から出る事が大事だ。もし、人形がまだ動けるのならば、4人が人形から目を離したら、何らかのアクションを見せるはずだ。動かなければ…、さっき私が見たのは、気のせいだったって事にならないだろうか?
「人形が、あそこにあったら、片付かないじゃない?」
真依が反論する。
「由宇が言うのも、なんとなくわかるよ。怖いもんね」
歩美が、由宇に助け舟を出す。
「だから、念のために、人形を拾うのは円を出る時の呪文を言ってからにしない?」
それだ!天才か!
歩美の提案に目からウロコだった。
「そう、それよ!」
同意する私。結局、4人で呪文を唱えてから、片付けを始める事になった。
「「「「ヒトガタ様、ヒトガタ様、お帰りください」」」」
呪文を唱えた後、真依が人形を拾おうと手を伸ばす。まだ、不安な私は、固唾を呑みながら、それを見つめる。が、杞憂だったようで、真依は、易々と人形を持ち上げる。
ふぅ
ホッとため息をついた私は、みんなと一緒に片付けを開始した。
「帰りに焼却炉で燃やしましょう」
真依が微笑みながら話す。きっと、真依は親に人形の行方を聞かれ、高価な人形を失くしたことで怒られる事になるだろう。そんな事を考えながら、片付けを終わらせた。
「でも、本当に動いたね?」
歩美が、若干、興奮気味に話す。
「ねぇ、すごいよね!コックリさんとかは、誰かが動かしてるんじゃないかって、思っちゃうけど…、これは本物だね」
洋子も興奮している。恐怖から解放された私も、本当に人形が動いた事に感動を覚えていた。
「また、今度、日を改めてやりましょ?今度は、紙人形とかにしとく?」
真依が、笑いながら話す。4人は、興奮状態で焼却炉へ向かった。
真依が、焼却炉へ人形を突っ込み、家から持ってきたマッチに火を付けて、同じく焼却炉へ投げる。扉を閉めた後、私達に言う。
「焼却炉に勝手に火をつけた事が先生にバレたら怒られるから、絶対、内緒にしようね」
私達は、共有の秘密を手に入れ、強い絆を手にした感覚を覚えながら、帰路に着いた。
途中で、洋子と歩美と別れ、真依と2人で家に向かう。
「次こそは、晃太君と両想いになれる方法を聞かないと…」
嬉しそうに話す真依とも別れ、家に向かった。
「お!由宇ちゃんじゃないか?」
途中で、声を掛けられる。中肉中背で、タレ目が特徴のエテ吉兄さんと遭遇する。私は、『ヒトガタ様』が、本物だった感動を伝えたくて、笑顔で話しかける。
「ねぇ、エテ吉兄さん!すごいね!『ヒトガタ様』やってみたけど、本当に人形が動いたよ!」
「おっ!試してみたのかぁ!やるなぁ、さっすが由宇ちゃん!」
エテ吉兄さんも笑顔だ。私は、人形が動いた事。途中で儀式が失敗してしまった事を話した。ついでに真依の持ってた高価な市松人形でやった事などを、少し盛って話した。
「へぇ、すごいなぁ。市松人形なんて、それだけでも不気味なのに、そいつが動いたんだろ?相当な恐怖だなぁ。まぁ、結果的に失敗しちゃったのは、残念だったなぁ」
「ところで、その人形はちゃんと燃やしたの?」
「うん。焼却炉に入れて、マッチで火をつけて帰ってきたよ」
「ちょっと待った!燃えきるまで見てないの?火付けただけ?」
「そうだけど…。なんで?」
「ん〜、ただの考えすぎなら、いいんだけど…、由宇ちゃん、念のために俺と一緒に焼却炉を見に行かないか?」
私は、エテ吉兄さんに言われるまま、一緒に学校に向かった。
「おお!懐かしいなぁ。俺もこの学校に通ってたんだよねぇ。さて、焼却炉はこっちだったかな?」
エテ吉兄さんは、ズンズンと焼却炉に向かって、進んでいく。遠くから焼却炉を見て、私の心は不安に包まれた。煙が出ていない。
近くに行くと、炉の扉が開いているのがわかった。中を覗いて、私は言葉を失った。若干の燃えカスが残ってはいたが、大半が燃える事なく残っており、問題の人形の姿は、…跡形もなく消えていた…。