お告げ屋さん①
「竹内さん、お告げ屋さんって、知ってますか?」
夏のクソ暑い喫煙所で、4歳年下の井上が話し出した。近くの木で、うるさいほど鳴いていた蝉の声が、一瞬、止んだ気がした。
昨今の嫌煙ブームで、以前は屋内にあった喫煙所が、今では屋外の狭いスペースに追いやられていた。一応、屋根はあるが、消防法の絡みで小屋にするとスプリンクラーだの火災報知器などと、金がかかるという理由で、簡易的な仕切りがある程度の簡素な作りのものだ。雨の日などは、仕切りと屋根の間から雨が入り込むような小さな喫煙所だった。
工場の休憩時間になると、工場の作業員や工事で入って来ている業者などが一斉に集まるため、喫煙所内は、いつも混雑していた。
その日も、当然、多くの人がタバコを吸いながら、鯉のように口をパクパクさせ、煙を吐き出していた。
そんな中、吐き出された井上の奇妙な言葉。
周りの喫煙者達は、まるで、そんな言葉聞いてません、とばかりに、他の話をしながら、タバコを吸っていた。
「お告げ屋さん」という得体の知れない言葉に、何か嫌なものを感じた。
「なに?そのお告げ屋さんって。聞いたことないけど...」
俺は、タバコを吸いながら、返事をした。一瞬、止んだかと思った蝉の声が、今では、大合唱に変わっていた。頭上の太陽は、8月に相応しく、足下のコンクリートをジリジリと焼き続けていた。
「いや、昨日、俺ネットで都市伝説見てたんですけど...。結構、いろんな都市伝説のサイト見て回ってるんで、大抵、読んだことのあるような話しかないんですけど。昨日は、初めて見る都市伝説を見つけたんですよ」
「それが、そのお告げ屋さんってこと?ってか、ネットで都市伝説って...、暇人か!」
「うっす。俺、暇人っす。
もう、自他共に認める暇人っすよ」
俺のツッコミに対して、満面の笑みで答える井上。ここまで、堂々と言われると天晴れである。
「で?」
「いやぁ、まぁ、最近残業多いじゃないですか?
で、家帰っても、どっかに遊びに行く気になるような時間でもないし、かといって家で何かやるような趣味とかもないし、一緒に住んでる妹も相手してくんないんで...、とにかく暇なんすよ」
井上は、8年前に母親を、5年前に父親を亡くし、以来、妹と二人で暮らしていた。当時、大学1年だった井上は、大学を中退し、工場で働きながら、妹を養っている苦労人だ。
「俺はダメだったけど、妹はちゃんと大学卒業させて、幸せになってほしいんす」
を、口癖に無駄遣いしないで、しっかりとお金を貯めている真面目な男だ。それなのに、妹に相手にされないという部分がなんとも言えない哀愁を誘う。
「...いや、暇について話を広げたいんじゃなくて、お告げ屋さんについて、聞きたいんだけど...」
俺は、2本目のタバコに火をつけて、先を促した。10分の休憩では、現場までの往復を考えると、タバコを2本吸うと休憩時間をオーバーしてしまう。しかし、1本では物足りない。結果、2本目のタバコを早めに消して、現場に戻る形となる。
井上も2本目のタバコに火をつけて、勿体ぶって話し出す。
「お告げ屋さんってのは、名前の通り、お告げをしてくれる存在らしいです」
「詳細は、ほとんど謎なんすけど…、近いうちに起きる嫌な未来を教えてくれるらしいです。前もって、教えてくれるんで、その嫌な展開を回避することができるらしいんですけど…、回避に成功すると…」
井上は、そこまで話して、タバコを一吸いして、煙を吐き出した。
「回避に成功すると、死んじゃうらしいです」
…
「なに…それ?
そのお告げ屋さんが死んじゃうってこと?」
「いえ、回避に成功した人が死ぬらしいっす」
「いやいやいやいや、おかしいだろ?
自分が死んじゃうって、わかってたら回避なんてしないだろ?命あっての物種だろ?」
「まあ、普通そうっすよね。未来を変えるってのは、命懸けってことですかね?」
「いや、もう本当申し訳ないけど、全然怖さが伝わってこないわぁ。
本当にそんな都市伝説あんの?」
「あれ?俺の話し方が悪いんすかね?
確かに怖さが伝わる気がしないっす」
ニカッと笑う井上。
俺は、お告げ屋さんの名を聞いた時に嫌な予感を感じたことを、若干、恥ずかしく感じながら、2本目のタバコを火消し水につけた。
「ほら、時間だ。いくぞ」
井上に声を掛け、作業場に向かった。
香山製作所、俺が働いている工場だ。町工場にしては、規模が大きく、工作機械メーカー向けの金属部品加工を主な業務としている。俺も井上も同じ作業エリアを担当しており、特に精度を必要とする精密な部品を空調の効いた精密加工室で加工している。
先ほどの「お告げ屋さん」の話が脳裏をかすめる。冷房の効いた部屋のせいか、やけに背中が寒く感じる。
(たく、なんだよ。変な話しやがって…)
怖くないはずの謎の都市伝説が、やけに気になった。
俺は、「お告げ屋さん」の事を振り払うように頭を振り、ムリヤリ仕事に戻った。