夏と廃墟と彼女の死体
美奈子は、何も悪くない。
小橋 美奈子は、爪を噛みながら、目の前の光景を見ていた。グッタリと横たわる白沢 綾子、そして、その様子を伺うように神崎 真依が動いている。美奈子は、他の2人、秋山 涼子と道永 由宇と共に、その光景を眺めていた。
蝉の鳴き声がうるさい。
じっとりと湿気を含んだ暑い空気が、3人の身体を舐め回し、玉のような汗が額に滲む。廃病院の地下の一室で、唯一、出入口から入り込む光を浴びて、3人が綾子と真依の様子を見守っている。
これは、きっと何かの間違いなのだ。
きっと、もう少ししたら、『ドッキリ大成功!』の立札を持った誰かがやって来るに違いない。ああ、もう危うく騙されるところだった。もう、ネタはバレているんだから、サッサと出て来てくれないかしら。
美奈子は、必死に現実を認めないように妄想する。
「あ〜、やっぱ死んでるわ、これ」
そんな美奈子の妄想を断ち切るように、真依が言い放つ。まるで、大して、気に入ってもいない玩具が壊れたかのような、どうでも良さそうな言い方だった。
美奈子は、自分の血の気が引く音を聞いた気がした。涼子も由宇も、青い顔をしている。目の前で動かなくなった綾子を見つめながら、なぜ、こんな事になったのかを考えていた。
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高校入学当初、美奈子にとって、真依は憧れの存在だった。スラリと伸びた足、長いまつ毛に大きな瞳、軽く、ウェーブのかかった長い髪に、出るとこの出た見事なプロポーションは、まるでアイドルを彷彿とさせた。性格は、勝気でワガママ。時折、残酷性を見せる女王のような性格で、そんなとこも美奈子にとっては、魅力的に映った。
勝ち組とは、きっと、こういった人の事を言うのだろうと、遠目に憧れていた。それは、真依の左脚が義足で、常に黒のストッキングを履いていると知った後も、色褪せることなく、むしろ、不幸のヒロインかのように、その気持ちを増大させていった。
真依は、常に由宇と行動しており、美奈子には、それが気に入らなかった。
由宇は、猫のような大きな目をした小柄な女の子だった。活発そうな印象の短めの髪型にしているが、その見た目とは裏腹に、非常に消極的な性格で、なぜか真依に逆らえず、女王と従者のような関係だった。
なんでそんな奴と真依が一緒にいて、自分は1人なのか?美奈子は、納得がいかなかった。
夏になると、その2人の間に、涼子が入るようになった。涼子もまた、切れ長の目をした美人だったが、真依とは別のタイプの美人だった。髪型は、由宇よりもさらに短いボーイッシュなスタイルで、サバサバとした姉御肌の性格で、中性的な雰囲気を持っており、クラスの中でも目立つ存在だった。
涼子は、特に由宇と仲が良く、由宇がいるから、そのグループにいるといった感じで、いつも由宇を困らせてばかりいる真依に堂々と意見できる存在でもあった。
そんなグループに美奈子が入ったのは、高校1年の体育祭の頃だった。ポッチャリ体型で、容姿にも自信が持てない美奈子は、空気を読む力も弱く、どのグループにも所属出来ずに、毎日、爪を噛みながら、寂しい高校生活を送っていた。
そんなある日、体育祭の競技を決める際に、真依は自分の義足を盾に、一切、競技に出ないと言い放った。クラスは騒然としたが、そんな中、美奈子は、自分が真依の代わりに競技に出る事を申し出た。
特に、他意があったわけでもなく、純粋に代わってやってもいいと思った。ただ、それだけだった。
だが、それがキッカケで真依は、美奈子の名前を覚え、いつのまにか、一緒に行動するようになっていた。底辺から、トップグループに成り上がった美奈子は、この地位を二度と手放さまいと、必死に真依のご機嫌を取り続けてきた。その甲斐もあって、真依が意見を求めてくる回数も増え、グループ内の地位を確固たるものにしていった。
そして、2年になったばかりの頃、綾子が転校してきた。父親の仕事の都合という事だった。
綾子は、身長も真依と同じくらい高く、長く伸ばした美しい黒髪の美しい少女だった。胸の大きさは、今後の課題ではあるが、足も長く、真依や涼子とは、また別のタイプの美人だった。
当初、真依は、綾子に友好的に接しており、綾子もそんな真依を慕っているようだった。そして、綾子はグループの5人目のメンバーとして、一緒に行動するようになっていった。そこからは、5人で楽しく過ごしていた。少なくとも、美奈子は、そう思っていた。
しかし、7月に入る頃、様子が変わってくる。美しい容姿に加え、性格も良かった綾子は、クラスの人気者になっていた。真依にとっては、それが面白くなかったのだ。真依の綾子に対する態度は、日に日に悪くなり、5人でいる時、綾子は事あるごとに、真依から嫌がらせを受けていた。涼子や由宇は、綾子を庇っていたが、側から見たらイジメに近い形まで悪化していた。
そして、今回、綾子を含めて、真依と由宇の地元にある廃墟で、肝試しをやる事になった。もちろん、発案者は、女王である真依だった。少し、悪くなってしまった綾子との距離を縮めたいというのが真依の申し出た理由だった。綾子も真依と仲直りしたいと思っていたし、涼子と由宇が一緒だという事もあり、参加を決意した。それが、すべての始まりだった。
早めの昼食をとった後、目的の廃墟に着いた5人は、和やかな雰囲気で、廃墟を探索していた。その廃墟は、以前は病院だったが、経営が苦しかったらしく、真依達が小学校の頃から、廃墟と化していた。壁には、たくさんの落書き、瓦礫と割れた窓ガラスが床に散らばり、廃墟独特の不気味な雰囲気を醸し出していた。