ある日の夜の話
相手は眞一なので、驚かない。驚きはしない、が、疑問には思う。毛布のなかで足を絡めつつ、飛紗は眞一の胸元に腕をのせた。さらにその上に顎をのせて、眞一を見つめる。結婚してから染めるのをやめた髪は真黒で、一本の白髪もない。指を通そうとすると、腰に甘い痺れが走り、飛紗の体がびくりと小さくはねた。反射的に眞一の胸元に手を戻す。
「何か言いたそうですね」
いつもの困ったような笑みを浮かべてそう言いながらも、答えさせようとはしていない。効果などないことはわかっていても、ついじろりと睨みつける形になる。
「なんで、わかるんかなって、おもって」
途切れ途切れに答えると、眞一が唇の片側を上げた。瞬きをして目線を逸らし、次の瞬きでまた飛紗に目線を戻す。あ、と飛紗から声が漏れた。ますます愉快そうに眞一は双眸を細める。眞一の根はまったくやさしくなくて、自己中心的で、意地が悪くて、やることなすことすべてがまかり通ると思っている傲慢さを持っていて、誰よりもずるくて、それなのにそのすべてがわかっていながら求めてしまう自分が悔しい。
わかりますよ、と飛紗の前髪をかきあげるようになでながら眞一は言った。
「表情も、空気も、声も、ぜんぶ違うので」
あまりにやさしい響きだったので、口のなかで転がすように、ぜんぶ、と飛紗は繰り返す。そう、ぜんぶです。眞一が頷いて、顔を近づけた。体を持ちあげて飛紗も近づき、唇が重なる。きもちがいい。触られているところすべてがしゅわしゅわと泡立つ。他の人に触れられたら不快なところが、相手が眞一だと満たされる。自分の輪郭がはっきりと現れてくる。
「全身全霊で求められているのは、気分がいい」
飛紗が言葉を重ねる前に再び唇をふさがれた。ただ眞一の両目に映るのが自分だけという事実に、頭の奥がしびれる感覚があった。
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