時の流れの話
「おかあさんて、どうしておとうさんと結婚したん?」
おお、と塩味のつよいせんべいを食べながら飛紗は思った。包装のビニールが薄く、また小分けはされているものの乾燥剤は大きな袋のなかに一個きりなので、一度開けると結局すぐに食べなければならない。いま質問をしてきたのは四人目の子ども、もとい最初が双子だったので三番目の妊娠ののち無事に出会うことのできた唯一の息子なのだが、姉、特にいちばん上の子の影響なのか、たまにこうして幼いながら鋭い質問をしてくる。
まだ保育園に通う身なれど、息子の龍一にはさまざまな疑問が浮かんでは消えていくらしい。あるいは保育園だからこそ、両親ともに働いていたり、親が一人しかいない環境の子が理由はわからずとも肌身で感じられるためか。けっこん、りこん、という言葉の具体的な意味はわからないまでも、とにかく離れたりくっついたりする認識だけはなんとなくでも理解しているようだった。
「おとうさんが、おとうさんだったからやね」
答えると、龍一は不思議そうに首を傾げた。二つ目のおかきを食べようとして、うまく袋を破けずに難儀している。飛紗は代わりに開けてやって、龍一に渡した。歯だけは丈夫なのか、四人ともかたいものでも咽喉につっかえることもなくもりもりと食べる。
「すきやなくて?」
おお、と飛紗は再び思う。
「すきやったんもある」
「すきだけじゃ、だめ?」
両手で握ったおかきは龍一が力をこめていても、割れずにそこにあった。それで、龍一が求めている答えは「すき」か「きらい」の二択だと飛紗にもわかった。そんなところまで成長したのだなあと感慨深くなる。
「だめやないよ」
少なくとも、おそらくは当時の飛紗はすきという感情以外にはあまり抱いていなかった。現実的なものをあれこれと考えていては、結婚などできないのではないか。
たとえば眞一の母親、龍一の祖母にあたる梢など、いまであれば到底許容できない。もっとも眞一自身が毛嫌いしているので付き合いの必要はまったくないのだが、そういう母親がいる、という時点で、ひとつ考えたかもしれなかった。
「おかあさんには、龍一のおとうさんしかいいと思えなかったんよ」
答えを重ねながら、確かに、と自分で納得を重ねて笑う。
恋愛など眞一と再会して会話を重ねるまで気にもしていなかったし、なんとなく自分はこのまま関係のないところで終わっていくのだろうと思っていた。それがまさか結婚して、子どもも四人産むことになるなんて。大学生の、眞一の講義を受けていた自分に言えば、意味がわからないと一蹴されるだろう。
「うんめい?」
どこで覚えてきたのか、きらきらと輝く瞳で龍一は言った。飛紗は龍一の口元についているかけらをとってやりながら、ふ、と思わずふきだした。
「そうやね、運命やった」
今夜、寝る前に眞一に話してあげよう。そう思いながら、飛紗は龍一の望むとおりに答える。
「眞一が、わたしを見つけてくれたからね」
龍一はわかっているのかいないのか、きゃあ、と甲高い声をあげた。
ということがあったんやけど、と飛紗は眞一が冷蔵庫を開けるのを眺めながら言った。
眞一は開けた冷蔵庫から何も取りださないままで一度閉めて、少し考えるようなふうを見せたのち、また開いた。返す言葉を考えて、考える間は節約のために冷蔵庫を閉めたのだろう。理由を聞かずにわかってしまう自分に飛紗は笑い、そういうところがすきだな、と思う。
「龍一がというところが興味深いですね。心や初ならわかるんですが」
冷やしておいたミネラルウォーターをコップに注ぎながら、眞一は言った。双子はもうだいぶませていて、飛紗がぎょっとする内容を平然と聞いてきたりする。反抗期に片足をつっこんだ年齢を思えば眞一には反抗しきれずひかえめな面もあるものの、飛紗には充分手の焼けるふたりだ。
「もしかしたらいちばんロマンチストかもしれん」
「確かに」
笑いを含めた飛紗の言に、眞一も同意して笑った。
互いを「おとうさん」「おかあさん」と言うのは子どもたちに対してだけにしよう、と最初に決めたとおり、飛紗と眞一は基本的に親となる前と同じで、互いを名前で呼ぶ。それが子どもたちにとってはめずらしいらしかった。
最近は特にママ、パパ呼びが定着しているため、周りにもその呼び方をする親子が多い。「ママのところ行っておいで」と言われて、ぽかんとしていたかつての子どもたちを思い出し、飛紗はくすりと笑う。
「なにを思い出してるんですか?」
いつの間にやら目の前に来ていた眞一に揶揄するように言われ、飛紗はさらに目を細めて笑う。
「いやあ、いつまでこうしていちゃいちゃできるんかなって思って」
わざとらしく答えると、いつまででも、と眞一が笑い、飛紗は同意の意思表示として、唇を重ねた。




