心と梢の話
「龍一は元気?」
会えばいつも第一声、挨拶も抜きに言われる言葉を、やはり今回も言われる。心もまた、毎回同じように答える。「いつもと変りないよ」。実際には弟の龍一は受験生で、いまが勝負時だ。しかし祖母である梢に悟られるわけにはいかない。下手に伝わってしまえば事態を悪化させる。日常を破壊する。本人は「正している」つもりでも、当事者にはいい迷惑だ。
場合によっては母親と間違えられるほどに若く見える梢は心の祖母であり、父の母親だ。しげしげと見れば見るほど父と似ていて、どうあがいてもこの人の血筋なのだなと心は顔を合わせるたびに思う。
「今日はどこに行く?」
おばあちゃん、という言葉を心は絶対に使わない。自身は双子の妹、そして別に妹と弟のいる四姉弟の長子で、この女性はいつも弟のことしか気にかけない。下の三人が梢と同席するのはせいぜい冠婚葬祭、個人的に会ったりもせず、いくら頭をひねってももっとも行動しているのは心であるのに、梢は心の心配をしたりはしない。
「チョコレートが食べたいの。一度眞一とも行ったのよ」
「へえ」
知っている。両親が梢と顔合わせを行った、銀座の店。まるで二人で行ったように言うが、顔合わせなので当然心の母も一緒だった。
会うたびに今回こそはと思っているが、梢とはやはり気の合う気がしない。父である眞一は梢のことを蛇蝎のごとくきらっているし、伯父である聡一も同じくである。端的にいえば親戚中からきらわれている祖母と、根気強く会うのには理由がある。弟妹が三人いて、その三人とも避けているのに、心だけは梢との関係を途絶えさせない。
「でもあなた、甘いものあまり得意じゃないわよね? 眞一がそうだったもの」
人並みに食べるが。思いつつも、心は黙ってにっこりとほほえむ。
本当は父が梢と待ち合わせすることを快く感じていないと、敏い彼女は気づいている。それでも、何か起こったとき父が責められないため、母が責められないために、自分が最後の砦になるために、心は梢と関わり続ける。
まったく好意がなくとも心は他人に慈悲深く笑いかけられるし、それらしきやさしい言葉をかけてあげられる。
「任せるよ」
相手を気持ちよくさせてあげられる。
長子としてもっとも秀でた能力を得ていると、心は思う。
リハビリのような習作。