瀬戸さんの機嫌が悪いのを慰めるふりをしてただいちゃいちゃする話
今日の夕食はミネストローネと冷製パスタだった。ミネストローネは食べやすいよう小さく切られたトマト、ジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、ベーコン、キャベツ、椎茸。パスタにはナス、ズッキーニ、ピーマン、大葉、オイルサーディン。とにかくこれでもかと野菜が入れられてあって、準備に時間がかかっただろうなと想像する。それに比べると皿洗いなど楽なものだ。
ちら、と眞一を盗み見る。テーブルに本や論文を広げ、かたかたとキーボードを叩いていた。夕飯のときも昨日までと同じように飛紗の話を聞いてくれたり、今日あったことを話してくれたりと、普段と変わらなかった。少なくとも、表面上は。
手についた水滴を指の間まで丹念にふき取って、眞一の傍にしゃがみこんで抱きしめる。耳を背中にくっつけると、鼓動が聞こえてきた。人の心音はどうして心地よいのだろう。眞一は相変わらず体温が高くて、そのうえ暑がりであるから、そろそろ引きはがされるようになってもおかしくない。
(なーんて、しないだろうけど)
ふふふ、と声を出さずに一人で笑う。これは優越感だ。そして自信。
ストレスが溜まると仕事に打ち込むタイプだとすでに知っている。傍にいれば回復の一助になることをとっくに知っている。飛紗はつい言葉で求めてしまうが、眞一は違う。解決は自分だけでなんとかしてしまえるので、意識を分散させるほうを求めるのだ。
「暑い?」
「暑い」
眞一は頷きながら、だからといって離れるようには言わず、黙々と仕事を続ける。ふふふ、と飛紗はまた声を出さずに一人で笑った。やっぱり。ほらね。胸のうちにいる誰かに、自慢げに言い放つ。
まだ風があるのでましだが、七月に入ってそろそろ気温も上がってきた。クーラーをつけるのはまだはやいだろうか。しかしこうやって体を寄せていると、飛紗も暑い。冷え性ではあるが寒がりではないのだ。
「クーラーいつ入れよう」
「扇風機ないですからね。寝る間だけでもつけていいかもしれませんね」
やがてものを読み書きするときだけかける眼鏡を外して、眞一はパソコンを閉じた。今日は終わりのようだ。いつもよりずいぶんはやい。
「もうええの?」
「うん。今日はもうやめときます」
腹に回した手を離されたかと思うと、気づけば眞一の顔が目の前にあった。結婚してから髪は染めるのをやめて見事なまでに真黒だが、瞳は少し茶色がかっている。はっきりとした二重の双眸がこちらを覗きこんでいた。
飛紗はゆっくり顔を傾けて、ついばむように何度か口づける。眞一の頬に手をのせると、ひんやりとしていて、まではいかないが、手のほうが熱くて驚いた。今日は暑いから仕方がない。汗がじわりと首に浮かんでいるのがわかる。悪いものを吸い出すように唇を重ね続ける。隣の部屋からテレビの音が漏れ聞こえてくる。
「暑いですね」
「夏やからね」
眞一の頭を抱きかかえるようにして髪に指を通す。汗だくになりますね、と眞一が言うので、うん、と飛紗は頷いた。