うさぎの夢の話
体を揺さぶられる感覚があって目が覚めた。正体は隣の飛紗だ。体を横にしたままで「大変」、と訴えてくる。寝起きでまだ本調子には至っていない眞一の頭でも、飛紗が寝ぼけているのだということはわかった。カーテンの向こうは明るさもあるが、薄暗さのほうが勝っている。せいぜい午前四時くらいだろう。
「うさぎ、うさぎ飼わんと。かわいい」
「うさぎ?」
「うさぎ飼わんと、大変」
ペットを飼いたいなどという話は一度も聞いたことがない。そもそもこのマンションでの飼育は禁止だ。いったいどんな夢を見ていたのか。よわよわしくとも体を揺さぶり続けられて脳みそがぐらぐらする。仕方なしに起きるにはまだねむい。
「世界がたいへん」
何を言っているのか。呂律の回りきっていない飛紗につっこむのが面倒で、枕元に座っているぬいぐるみを飛紗に渡す。眞一が東京から持ってきた、手乗りサイズのうさぎのぬいぐるみだ。
「うさぎならアランがいるでしょ」
飛紗はぱちぱちと瞬きをすると、
「そっかあ」
とアランを抱きしめて緩やかに微笑み、またすやすやと寝入った。妻のかわいい顔を見ながら、すっかり覚醒した眞一は一人、交わしたやりとりの支離滅裂さに笑いを堪えて反芻しながら再びねむりについた。
その後いつもの時間に起きた飛紗は、当然のようにまったく憶えていなかった。早朝のやりとりを聞いて何を思ったのか、おそらく意味はないのだが、その日は一日自分より年上のぬいぐるみを部屋のどこに行くにも常に連れ回し、大いに満足気な表情で休日を終えていた。