飛紗ちゃんと山宮さんが瀬戸さんの話をする話 ―附録
「ただいま。涼しいですねここは」
リビングに入ってきた眞一におかえり、と立ちあがって出迎える。帰ってきたときに心地よくなるように、三〇分前からいつもより少し温度を下げてクーラーを設定したかいがあった。フィールドワークというのが具体的にどんなものなのか飛紗にはわからないが、日焼け止めと帽子では防ぎきれないくらい炎天下にいたことはわかる。デコルテが赤い。家を出たときとシャツが違うから、汗か何かで着替えたのだろう。
手をとってキスをすると、はあ、と眞一がめずらしく溜息をついた。
「疲れました。汗くさいのであまり寄らないでください」
がばりと抱きついて、首元に鼻先を寄せる。そんなことを言われるとくっつきたくなるではないか。聞いてました? と咎めるような声が降ってきたが気にしない。
「今日、なに食べた?」
飛紗に離す気がないと悟ったのか、両腕ごと飛紗の腕に拘束されたまま、眞一が抵抗をやめた。
「夜ですか? 朽木先生のご自宅でなすの煮びたし、九条ネギのグラタン、鴨南蛮、あさりのお吸い物、あとスイカをいただきました」
「めっちゃおいしそうなのいっぱい食べてるし……」
うらやましいが、とはいえ飛紗も今夜は智枝子とおいしいものを食べた。食事のあとにケーキを買って帰ろうと思っていたのに、うっかり営業時間を一〇分ほど過ぎてしまって叶わなかった。写真を撮ったので、あとで自慢だけすることにする。お土産はまた今度だ。
「いいなあ。眞一さん、スイカ食べたいなあ」
まだ今年は食べていない。甘えて抱きついたまま体を揺らす。部屋はクーラーが利いて非常に涼しいのに、眞一の熱に充てられて飛紗の体も熱くなってきた。
「週末にでも買いに行きましょうか。時に飛紗」
突然呼び捨てにされて、ぴたりと動きがとまる。めったにされない貴重な呼ばれ方だ。
「このままでは私はあなたを抱きしめられないんですが」
卑怯だ。一気に形勢逆転して、手綱が眞一に引き渡される。悔しく思いながらも飛紗が腕を離すと、のしかかるように抱きしめられた。身長が変わらないのでお互いの頭がお互いの肩にのる。体格にも大きな差はないはずなのに、包み込まれているような感覚になる。
やっと一息ついたとばかり、眞一が細く長く息を吐いた。
「飛紗ちゃんも汗くさくなってしまいましたね」
触れるだけの口づけから生ぬるい侵入を許して、眞一の背中にすがりつく。クーラーの温度設定をきつめにしておいてよかった。熱くてまったく、意味をなしていない。
「お風呂、一緒に入りますか?」
やっぱり卑怯だ。
素直に頷くのが癪で、飛紗は眞一の唇を奪った。