その4
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――エイジ。いつもエイジが頑張ってるから、だからわたしも頑張れるんだよ。
いつも聞こえる声。そうだ、お前が見てくれるから。だから、諦めたくなかった。
――銀色の髪の少女が、泣きそうな目でこちらを見ていた。声をかけようとするが、声が出ない。
ああ、貴方の人生は凡庸! 退屈極まりない! 残念ね!
本当にどうしようもない。……どうしようもない馬鹿ね。
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「ん……」
「あ、ちょっと、動かないで下さい……」
エイジは目が覚めて呻く。頭を打ったかのように痛むのに堪えかねて身を捩ると、ふにふにとした温もりを感じた。
「んん……」
柔らかい布に包まれている。
「あの、スカートに荒い息をたてないでもらいたいのですが……」
見上げると、金髪少女の顔が近い。結って垂れ落ちる髪の毛やスカートから甘い匂いがする。
――膝枕されていたらしい。
「こほん。あの、狭間エイジくん。少し恥ずかしいので……どいてもらえますか?」
少女が顔を赤くして見つめながら言う。
「はい……」
情けない所を見せてしまった。
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小さい木造の家――というよりも小屋のようだった。
座るとぎしりと鳴る椅子に腰掛けるように勧められる。
窓から、夕方の日差しが差し込んでくる。
外には見た事もない地平線まで広がるような草原。
エイジにまだ今ひとつ自分が死んだという時間はなかった。ただ、その窓からの景色は、さっきのアメリアからの話よりも『違う場所に連れてこられた』のだと実感が湧いてきた。
金髪の少女は、蹴りを入れてきた事がなかったように、階段から降りてきた時と同じ落ち着いた雰囲気だった。
堂々とした落ち着きに、どうやって話しかければいいのか戸惑ってしまう。それにアメリアの姿が見えない。
「あの……アメリア……さんは」
「事情は聞きました。アメリアには今、地下室の掃除をしてもらっています」
――ああ、最初にアメリアが居た場所は地下だったのか。火を置いてみたりバケツで水を置いたり、本は痛まないのだろうか。
こほんと金髪少女はわざとらしく咳をする。
「それにしても、エイジ君。感心しません。異世界に行きたくないから等と言って女性に対して横暴に振る舞ったり、挙げ句の果てにはボヤ騒ぎまで起こしかけるのは」
「……えっ」
静かに続けられる。
「確かに、死を告げられればパニックを起こすのも仕方のない事かもしれません。残酷かもしれません。ですがそれがアメリアの役目ですし、彼女にも考えあっての事」
「すみません」
「何です?」
「あいつ……アメリアさんがごろごろ転がって服に火がついたから俺が水をぶっかけて消したんですけど……」
強く目を瞑って目元に手をやる。
「まじですか」
「まじです」
「すみません、話の腰を折るようで申し訳ないのですが、少し地下室に行ってきます」
「はい」
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――暫く後。金髪少女がとてとて歩いてきたかと思うと、その暫く後に四つん這いになりながらペタペタと歩いてくるアメリア。
「うぇっ……うぇっ……スネが……スネが……絶対骨折れた……慰謝料……」
「折れてません。いしゃりょうってなんですか? 情けないから立ちなさい」
「折れてるから無理です……しぇんしぇーの無知蒙昧……! 曖昧模糊……! 甘くなりロリ……辛ロリ……!」
「ろりってなんですか?」
何ですか? と言いながら金髪少女の声が段々険しくなってきている。
アメリアは膝歩きしながらぐしゃぐしゃと泣いている。流石に気がとがめて、
「おい……もうちょっと人としての誇りを……ほら、タオル」
勢い良く鼻をかむ。ああ……。
「ありがと」
返される。ああ……。
「でも人じゃないし。女神だし。ぐすっ」
尚更駄目なんじゃないのか?
「大体あんたのせいなのよ……」
金髪少女がテーブルを挟んで椅子に改めて腰掛けると、アメリアはその側にあった球体にぐおおとか言いながらしがみついて何とか座る。思わず、
「ば、バランスボール……」
と呟いてしまうが、金髪少女はきょとんとして、
「? そういう名前なのですか?」
「知らないんですか?」
「ええ。前に異世界行く前の人が置いていきましたから」
アメリアはバランスボールに沿って頭をこちらに向けてえびぞりしながら睨みつけてくる。
胸があったら危なかった。
「流さないで。大体あんたのせいなのよ……」
「だから何が? ボヤ?」
「うっ。いやそれはちょっと違うけど、ここはあんたが生まれ変わる通過点だって言ってるでしょ……」
「それはそうだけど」
「あんたさっき気を失ったでしょ」
「あ、あれは……」
フフンと得意げに続ける。金髪少女が、
「アメリア、ちょっと」
「何だかちょっと調子に乗っているようだけど、エイジ。あんたは魂だけの人間。どっちみち今いるこの世界じゃ、長く生きられないのよ」
「……え?」
ガバッと立ち上がって、
「もって三日。多分ね!」
「スネ大丈夫なのか」
「痛いわ! すごく痛い! 言われたら余計痛くなってきた! っていうか少しは焦って!」
女神アメリアが我慢の涙目どや顔で再び死刑宣告を告げてきたのだった。