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イアルの野

少し暗いです。

「わ、わたし死んじゃったんですか?」


りん)はトゥトに詰め寄る。

体の傷は治したと言ったのではなかったのか。

じゃあこの体は何なのか。


立ち上がろうとして、

足下を見ると─影がなかった。


めまいがしてトゥトの肩をつかむ。

麻布の服、布越しの体温。

けれど人の肌ではない、ふかふかとした感触。

肌の下にあるのは筋肉ではなく羽毛なのか。


「ひっ」


思わず突き放した。ごめん、と言おうとしたのに、 

歯の根が合わず言葉にならない。

この青年は人じゃない。

わたしには影がなかった。


ここが死後の世界?

もう死んじゃった?


そんなはずはない、と思うのに、あれほど痛かったのだからやっぱり、とも思う。


もっとマシな対応をすれば、結果は違ったのかな。

自分でなんでも出来るっていい気になっていたのかもしれない。もっとやりたいこともあったのに、何がダメだったのだろう。

やりかけの仕事はないのがせめてもの救いか。

いや、こんなときに仕事を思うのはどうなのか。


お母さんお兄ちゃん不孝なわたしでごめんなさい。お父さん、わたしのことなんてむかえに来てくれないよね…


『ほら、あの子よ。

父親がいなくなって大変なのに、泣きもせず対応をして、若いのにエラいわねぇ』

『エラいわぁ、私なら泣き暮らしてるわね。あんな平気そうな顔できないもの』

『ほんと。

実は何も感じてないんじゃないの』

『仲が悪かったのかも。お母様の実家とは疎遠だったというし、家族がバラバラでも体面を取り繕わないといけないんじゃない』


ちがうの、お父さんがいなくなって、すごく悲しかったのに、泣いたら戻ってこないのを認めたことになりそうで。

お兄ちゃんは「わかってるよ」と言ってくれた。

お母さんはとても悲しんでいて、ほんとは頼りたかったけど言えなかった。何も考えられなくなるくらい悲しめないわたしってどこかおかしいのかな。

おかしいところだらけで、この体も。


じっと見ると、指の輪郭がぼやけてきた。

比喩ではなく。



「む、いかん」



トゥトは霖の顔を両手で挟むと、目線を合わせた。

今度はちゃんと人間の指の感触がした。



「リン、我を見ろ。

落ち着け、そなたは確かにここにおる」


「トゥト」


「ここは、思いがすぐに反映されるのだ。気を

しっかり持たねば、体に戻る前に消えてしまうぞ」



そういって、歌うようになにかをつぶやいた。

長い衣のポケットから、木の実の欠片を取り出す。



「少しならばよかろう、これを食べろ」



口に甘い味が広がる。



「よいか、そなたはいま不安定な状態なのだ。

我には連れてきてしまった責任がある。

精神が癒えるまで、すべてのことから護るゆえ安心せよ」



抱きしめられた。

すごく安心する。

その腕は細くみえるが筋肉質で力強かった。これは翼なのか腕なのか。もし自分が精神体ならなぜ触れることができるのか。

思いが反映するのなら、これは私の願望なのか。それとも─。



「余計なことを考えるな」



大きな掌で視界を塞がれた。


「ここは入り口ゆえ、安定しやすい奥へ移動する。

掴まっておれ」



まさか空を飛んだりするのか。固く胸に抱きしめられているので、周りが見えない。体重を感じさせない軽やかさで、トゥトは跳躍した。

水の中へ。


鳥なら空を飛べよ、とのちに思った霖は悪くないはずだ。ひんやりした感触に包まれている。息苦しくはない。水というよりも少しゼリーぽかった。

どんな風景か気になる。身をよじろうにも腕の力が強くてかなわない。


「我が良いと言うまで、見てはならぬ、声を出してもならぬ。天秤が傾かぬよう、あわいを進むゆえ、少しも揺るいではならぬ。

着くまでの辛抱だ」


時間の感覚がはっきりしない。

体にまとわりつくゼリーぽいのが少しサラサラになり、やがて水と変わらなくなった。


「もう着くぞ」



浮上していく。


ザバッと水面へ出た。水音が耳に響く。

いつの間にかトゥトがいない。

視界がやけにまぶしかった。


「そなた、先ほど怪我を負った時のことを思い出さなかったか?」


振り返ると、トゥトが鳥の姿でいた。


「この光はその時のものだ。ヘッドライトとかいうのだったか。ここは太陽神の信仰のあつい場所。

光ゆえ思いの残滓が強く具現化してしまったのだろう。驚かずともよい、もう話してよいぞ、我がいるから安心せよ」



そんな鳥の姿で言われても。

なんとなく気が抜ける。

次第に光は弱まった。

目が慣れてくると、周囲の様子が見えてくる。


どこかのオアシスだろうか。

先ほどいた湖ほどではないが、けっこう広い。

トゥトは威嚇するように周囲を見渡した。



「…誰かいるな。

声が届くほど近寄っては来ないか。

リン、今のうちに話しておくことがある」


「大事なこと?」


「そうだ。ここでの心構えというか、注意事項といえばわかりやすいか」


「仕事のときの癖なんだけど、頭のなかを整理できるようにメモしても良い?」


「よかろう」


霖は頷くと、肩にかけていたバッグから紙とペンを取り出した。









読んでいただきありがとうございます。


展開が遅くて申し訳ないです。


次話、新たな美形が登場予定。今度こそ残念美形になりませんように。書くって難しい。

ケメト国以外の思惑も明らかに。


相変わらずの不定期更新ですが、呆れずお気軽に読んでいただければ幸いです。

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