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霖を守る種

[前話までのあらすじ]

 アシリア国で両想いになったスミュルナ王子とりんは、ヒタイト帝国への帰途に着いた。

 遠征の成果としては、帝国内に不足していたすずや人材を得て、同盟国の絆が一層強くなり、良いことばかりだったのだが。


 辺境で帰還を待つ分隊長は、アシリア城を脱出する際に王子が霖を庇って一時意識不明になったことを知らされ、彼女を排除しようと決意する。


 砂嵐の被害を収めるため、スミュルナ王子は霖と別れて先に辺境の屋敷へ向かった。代わりに護衛を任された分隊長は、混乱にまぎれて霖を小屋に閉じ込め、火を放ったのだった。

 

 ヒタイト帝国辺境の空は、昼だというのに薄暗かった。大規模な砂嵐に見舞われて4日が過ぎようとしている。


 執務室で指揮をとるスミュルナ王子のもとへ、領内の報告が次々と届く。


「作物は大半を収穫しておりましたし、収納庫も無事です」

「樹の枝が折れて数軒の家にぶつかり、驚いた住人が転んで怪我をしました」

「牢や周囲にも不審な点はありません」


 スミュルナは頷いた。引き続き警戒や治療を続けるよう指示を出したところで、腹心の部下ルウカが入室して来た。


「殿下、朗報です。

 大砂嵐の風が弱まってまいりました」

「!そうか」


 待ちに待った知らせだ。スミュルナ王子は端正な顔に笑みを浮かべる。

 

「ようやくリンを迎えに行けるな」

「リン姫を護衛している分隊長にも知らせました。境界の村に居るようです」

「村に?あそこは帝国の統治下に入ってまだ日が浅いだろう。途中の小屋のほうが近いだろうに」

「向かい風になったので村のほうが行きやすかったと報告がありました。有力者の家に快く受け入れられたそうです。長期間になっても大丈夫なよう、謝礼も渡しているとか」

「わかった。では後は指示していたとおりに頼む」


 スミュルナは足早に回廊を進んだ。その先々で屋敷の者たちが笑顔を見せる。りんの活躍を伝え聞いた彼らは歓迎一色だった。


 国同士の機密事項を除いて、アシリア国遠征の成果は辺境領中に伝えられた。そこに“王子の恋人”の存在が尾ひれをつけながら話題にのぼったのだ。


「泉に沈んだ財宝を知力で探し当てられたそうな」

「その美貌を見たアシリア王が持参金は要らぬから是非輿入れを、と。どこぞの小国から強引に招いていたらしい」

「側妃になるのを拒んでしいたげられているところを殿下が助けられたそうだ」

「歌えば星が泉に落ちるほどの美声とか」


 虚実が混じり人間離れした内容もあったが、スミュルナを慕う領民にとって、王子を支えて幸せにしてくれる人かどうかが問題だった。偉い人達の決めたことに口を挟むことは出来ないが、それと人情は別である。

 スミュルナ王子が、かつて選民意識の強いワガママな許嫁に振り回されて傷ついたことを知っているだけに、領民達は心配していたのだ。


 そこへ商人タムカルムの妻がさらりと情報を加えた。

 夫から旅の様子を伝え聞いており、「幼い子どもにも優しく、素朴で我慢強い人柄」だと。

 商人として顔が広いうえに、王子の屋敷に出入りするタムカルムの言葉には説得力がある。この上ない良縁だという噂が一気に広まることになった。


 リンの護衛に充てる精鋭を引き連れて、スミュルナは門を出ようとしていた。

 同行したがる者は多かったが、女官長が「リン姫様が帰られるときには砂嵐も遠く去っています。そのときは皆で盛大に歓迎しましょう」となだめている。


 思わずスミュルナは微笑んだ。

(帰る頃には屋敷がすごいことになっていそうだ。)

  

 これまでは遠征や練兵に明け暮れていた。屋敷というのは、たまに体を休めもするが、作戦会議をしたり、謁見をしたりと、あくまで地位を示す物でしかなかった。

 そこにリンと暮らすと思うだけで、今は不思議に愛しく感じられる。領民への責任感や親愛とは違う、ワクワクとする想像のつかない明日への期待。それが、希望というものかもしれなかった。


 砂避けのヴェールを被りながらも、スミュルナ王子達の足取りは軽い。


 この先、絶望に立ちすくむことになるとは、一行の誰ひとりとして思っていなかったのである。









 境界の村に着けば、砂嵐もほとんど去っていた。

 畑には農民が数人出てきて掘り返している。砂嵐の影響を確認しているのだろう。

 そのうちの1人が離れて座り込んでいるので、遠くからも目を引く。

 部下が馬を降りて声をかけると、老いた農夫は嘆くように言った。


「大半は収穫しましたがね、育ったかもしれない小さな実を見ると残念でなぁ」

「また植えれば根付くのではないか?」


 老人は首を横に振った。


「何事にも時機がある。これはな、土のなかで実と実が細い根で繋がっておる。1度弱れば、他の実に栄養を吸いとられる。そうなった実は植え直しても腐るだけじゃ」

 

 ヴェールを被った相手の身分に気付かず、老人は苦々しく愚痴を続けた。


「この村も同じようなものだ。辺境や王都と細い繋がりはあるものの、実状は腐れかけている。流れ来るのは夢が破れた者や、他所で使えない人材や荒くれ者。元からいた村人にとっては迷惑なことさね。

 それで役に立てばまだしも、スミュルナ王子の恋人のように贅沢三昧で居座られては───」

「父さん、ダメだよ!」


  家族らしい壮年の農夫が駆け付け、頭を下げさせた。戸惑ったのは部下から伝え聞いた王子のほうだ。

 

「恋人が?リンがそのようなことをするはずがない」


 声は大きくはなかったが、よく響いた。

 農民達は息を呑む。口振りから王子の身分を知ったからだ。それから部下が詳しく聞き出そうとしても、恐縮しきりで話にならない。 


 スミュルナはひらりと馬を降り、屈んで老人と目を合わせる。


「事態を解決すると約束しよう。そのためには正体を明かさず調べる必要がある。身分を隠している者に何を言っても咎められるはずがなかろう。正直に話してはもらえまいか」


(リンを護衛しているはずの分隊長は何をしている?リンに何が起こった?)


 砂嵐は去った。しかし、違う重苦しい空気が村に淀んでいた。









 その国境の村から少し離れたところ、燃え尽きた小屋に佇む人影が在った。アシリア風の服を纏い、ロバに荷車を牽かせている。

 仕事の引き継ぎを済ませ王子を追いかけて来た、商人タムカルムだった。傍らには少年イルバも居る。


「煙が見えたので、ここで砂嵐をしのいでいると思ったが。どうやら違ったようだ」

「いちばん近い小屋に居ないなら、どこに行ったのでしょう?リンお姉ちゃんは大丈夫かな?」

「護衛がいるから平気さ。

 おそらく国境の村に居るだろう。ああ、足元に気をつけなさい」

「父上!これを見てください!」


 イルバが焦ったように片隅を指差した。


「これは───」


 燃えた黒い景色のなかで、そこだけ不自然に白い布が見えた。リンが大切にしていた布だ。

 その下には、根元から焼き切れたような長い髪が散っている。不思議と熱で縮みもせず、見事に真っ直ぐで艶やかなそれは、リンのものだと容易に解った。


 これはただ事ではない。

 王子に一刻も早く会って事実を確かめなければ。


「いったい、リン姫様に何があったのだ──」










 そのタムカルムの立つ焦げた藁の下の、さらに下。

 暗い地中に、リンの意識はゆっくりと漂っていた。


(暗い…、熱い…)


 手や足の感覚はないのに、何かに守られているのがわかる。まるで固いからの中に縮んで押し込められているかのような。


(怖い、哀しい、寂しい)


『眠りなさい。これ以上弱れば聖樹の力から切り離されるよ』と、優しい声が囁いた。

 それは男とも女とも言えない声で、霖を包んでいるものから発せられているようだ。

 普段なら疑問に思うだろうに、考えがまとまらない。それでもここから離れてはいけないような気がして、霖は流されまいと踏みとどまっている。


『頑固だなぁ。君を苦しめるものから、逃がしてあげるだけなのに』


(苦しめるもの?)


 火。燃え落ちる藁。分隊長の顔。そして───。

 会いたい人の顔が、会うのが怖いという思いに塗りつぶされていく。

 

『何も考えなくていいよ。さあ行こう、もっと水の豊かな芽吹きやすい場所へ』


 大きな流れを身近に感じる。その奔流のなかにいくつもの種が行き交っている。


(どこへ?)


 それに答える声は無い。

 揺りかごに揺られる赤子のように、霖は流れのなかで眠りについたのだった。


 

 

生きております、主人公も作者も(報告)。


更新が大変大変遅くなり、申し訳ありませんでした。遠方への人事異動やら、交通事故に遭ったりやら、それを言い訳にしてはいけませんね。


気力と体力が少し戻り、時間が在ったので久しぶりに書きました。もとからだけど、文章がぎこちないなぁ。精進します。


更新のない間も見放さずブックマークを外さずにいて下さった方々、偶然立ち寄って下さった方々、読んで下さるすべての人に感謝申し上げます。


誤字脱字を沢山見つけてしまったので、今年中はその修正をしようと思います。加えて資料を集めたり。


あまり物語が進行しておりませんが、次回は村で暗躍する人々が出てきます。

寒いので皆さまもお体を大切に。

感謝申し上げます。

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