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異変

大変遅くなり申し訳ありません。

 明日にはヒタイト帝国に着くとあって、夜営をする面々の表情が明るい。夕食の場で、スミュルナ王子は部下たちをねぎらった。


「皆、ご苦労だった。屋敷に着いたら、休暇と報奨を与える」


 ワッと歓声が上がる。兵士のなかで古参の者が代表して口を開いた。


「たとえ報奨が無くても、俺たちは殿下のおんためならばどこへでも参ります」


 兵たちの胸中は同じだった。しかし若手の者は照れ隠しに軽口を叩く。


「カッコつけるおっちゃんの報奨は俺に上乗せしてくださーい」

「俺も俺もー」

「お前らっ」


 ドッと笑い声が起きる。

 その後は賑やかな夕食になった。最低限を残して糧食のすべてが振るまわれ、いつもより豪華な食事に兵士たちは相好をくずしている。


 上司が居てはくつろげまいと、スミュルナはリンを連れて早めに天幕に下がった。


 夜警中のルウカはそれを喜んだ。


「今夜こそ殿下の本懐が遂げられるのか」

「そうはいかないわよぅ」


 リンの診察を終えたイムホテプが天幕から出てきた。手には薬湯の入った器を持っている。


「連日の寝不足のせいで、気絶するように眠っちゃったわよぅ」

「リン姫…。殿下の男心が生殺しに」

「腕枕してるだけでもスミュルナはデレデレだから、別に良いんじゃない?休息も必要だし。あとはリンがもっと薬湯を飲んでくれればあたしも安心なんだけどぉ。小匙一杯がせいぜいね。

 だいぶ余ったから夕食のスープに入れて良い?」

「止めろ」

「滋養に良いのに」

「そう言ってこの前はスープを紫色にしただろ。食欲が失せる」


 ルウカはイムホテプから薬湯を奪った。


「ちょうど夜警の交代だから、これは俺が責任を持って処分する」

「えぇーせっかく多めに作ったのにぃ」


 ぐちぐちと不満を言うイムホテプと一緒に、遅めの夕食にありつく。老練の兵士を呼ぶと、「これで疲れを癒せ」と薬湯を渡した。

 ありがたく飲み干した老兵が、首を傾げる。口からジャリジャリと音がした。


「ちょっと砂が入ってますぜ」


 野営で水は貴重だから、器を砂で洗うことはよくある。これが自分たち軍人ならば構わないが、リン姫にはそうもいかない。スミュルナ殿下のおもびとを大切にしたいという気持ちは、皆に共通して在った。


 変わり者のイムホテプや毒舌家のルウカでさえリンを丁重に扱う。

 

 ルウカは、リンのことをはじめは気弱で平凡な女性だと思っていた。しかしスミュルナの役に立つどころか、期待以上の成果をあげてみせた。


 アシリアの酒宴で寸劇を演じ、交渉の流れを変えた。地下水の行方を読んで泉の文書を発見し、アシリア王から謝罪と賠償を引き出す切っ掛けを生んだ。そしてこれは王子と側近しか知らないが、果てには鉄の知識まで持っている。

 ルウカがリンを認めるのに時間はかからなかった。


 いくら精鋭とはいえ、厳しい展開になるはずだったアシリア行きが、こうして無事に終わろうとしている。それは王子の辣腕は勿論のこと、リンが幸運を運んだからだと、部下たちも認識している。


 誰が言ったわけでもないが、リンと王子が口にするものは、特に慎重に扱う。器も酒で拭いたものを使っていたから、不思議に思って老兵は首を傾げたのだ。


 イムホテプは肩をすくめる。


「リンに飲ませたときは無かったわよぅ」

「天幕を出てから風で入ったんでしょう。野営ではよくあることですぜ」


 しかしルウカは何か違和感を覚えるようで、席を立った。篝火の届かない暗がりに移動すると、上空を睨む。


「月がないから、風を読みにくいな…」


 風の音に耳を澄ませる。

 そよそよと吹く身近な風。その遥か向こうに、唸るような響きがある。

 ルウカは何かに気付き、珍しく焦った顔になった。

 スミュルナの天幕までを駆け抜ける。


「殿下!」

「何事か?」


 スミュルナ王子は、習慣で即に帯剣して天幕を出た。

 剣で斬られる相手ではないと、ルウカが首を振る。


「大砂嵐です!」



 明日にはヒタイト帝国に着く。その安心感があったとはいえ、夜警に油断はなかった。ただ、初動が遅れたという点で、夜なのが不運だった。時期も悪い。


 通常の砂嵐で軍人だけならば、数刻伏せてやり過ごすことが出来る。しかしルウカは大砂嵐と言った。強風が数日間つづく規模ということだ。


 糧食は1人あたりの分量を減らせばギリギリ足りるだろうが、パンを食べているのか砂を食べているのかわからないはずだ。息をするたびに入ってくる砂と戦わなければならない。そんな過酷な状況にリンを置くわけにもいかない。


 また、ヒタイト帝国辺境の領民たちが気がかりだ。こういった非常事態に指揮をとるべき領主ハザンヌは牢のなかである。

 刈り取った麦や食料の保管所を隙間なくふさぎ、防衛のために民を導かねば、無事に嵐を越えても飢えた者がさまようことになりかねない。


「アシリア国王から賜ったこの馬たちならば、砂嵐よりも速くヒタイト帝国内に戻れるだろうが…」


 おそらく、リンと伴乗りでは間に合わない。荷台や糧食も持っていく余裕はない。

 二手に分かれるにしても、帝国内に着いてからの指揮を考えれば、側近は全部連れて行きたい。しかし側近が1人もいない状態の後発隊にリンを任せるには不安が残る。


「たしかもう少し先に身を隠せるような場所があります。

 砂嵐が来るまえに、リン姫たち後発隊がそこまでたどり着けれは、風が落ち着いてから迎えにあがっても」

「いや、それでは何か不測の事態が起きたときに手勢が足りぬ」


 スミュルナとルウカが悩んでいるところに、伝令が告げた。


「殿下、分隊長が来られました」

「!そうか、すぐに通せ」


 分隊長ならば、安心してリンを任せられる。

 スミュルナは、そう思った。


 



 


 大変遅くなり、誠に申し訳ありませんでした。しかも展開遅いし。次は少しスピードアップした展開になるかと。


 年末年始の休暇に書き溜めるはずが、資料が届かず…本屋の無い田舎にいる身としてはネットが頼りなのですが、届くのにまさか半月かかるとは。国内なのに。しかも開けてみたら歴史資料と思った本の内容が小説だったという…。面白かったですが。

 なんでこんなにヒタイト系の資料って少ないんでしょう。好き勝手に書き散らかしている私が言うのも何ですが。


 その後体調不良と職場の異動が重なり、最近になってやっと少し書ける状況になりました。言い訳ばかり長々とすみません。

 見捨てずにいてくださった方々に最大級の感謝を。アクセス数やブックマークが減っていないことにどれだけ励まされたか。


 これから体調を整えながらではありますが、ぼちぼち亀のように進んで参ります。必ず完結させますので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。本当にありがとうございます。

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