輝くもの
大変大変遅くなり申し訳ありませんでした。
4話同時投稿ですのでお気をつけください。
本日1話目。(同日誤字を訂正しました。)
雲が空を覆う、肌寒い朝。
昨夜イヤリングを落とした泉へ霖たちが赴くと、そこは物々しい雰囲気だった。
泉を大勢のアシリア兵士が取り囲んでいる。
霖は思わず足を止めた。
「大丈夫か?」
低く艶やかな声が耳元に響く。
スミュルナのたくましい腕が腰に回され、そままゆっくりと歩く羽目になった。恥ずかしいが、正直嬉しい。
でも慣れていないので、人前だといたたまれない。
アシリア側からも視認できる距離だから、腕を振り払えなかった。スミュルナは満足気だ。
イムホテプとルウカが茶化すように言う。
「足の負担が減るうえに、寵愛ぶりがわかっていいんじゃなぁい?夜警に疲れた兵士たちに見せつけてやりなさいよぅ」
「馬鹿馬鹿しい夜警だよな、誰がわざわざ立場を不利にしてまで盗むかよ」
「あわよくばこちらのせいにしてぇ、夜のうちに横取りするつもりだったのかしらぁ」
ルウカが冷笑を浮かべる。
「すぐに泉をもとの姿へ戻しておいて正解だったな」
スミュルナ達が近づくと、アシリア兵士と侍女が退けられた。両国とも最低限の主要メンバーで検分するのは、秘密保持のためだ。
アシリア国陣営からは国王、側妃、スピュルマ将軍、王名表卿。悪徳商人の二人は拘束された状態で立ち会う。
ヒタイト帝国側はスミュルナ王子、イムホテプ、ルウカ、霖。
中立の立場を主張したタムカルムは、昨日と違いイルバを連れていなかった。
先に来ていたアシリア陣営から、側妃が笑顔を向ける。
「ゆっくり休まれましたか?」
一見、招待側として気遣っているように見せて、実は遅く到着したスミュルナ達への皮肉だった。立場の差を主張するかのように、アシリア国王は即席の椅子に腰掛けたままだ。
ヒタイト陣営のイムホテプとルウカは内心で眉をしかめる。スミュルナ王子は微笑のまま鷹揚にうなずいた。
「今日でお互いの問題が解決すると思えば、寝床も心地良く、ついつい獅子のように寝過ごしてしまいました」
一方的なことばかり勝手に言うなよ。微睡んで機嫌の良いうちに返事をしたほうが身のためだぞ、と暗に言ってのける。
国同士の交渉はもう始まっているのだった。
スピュルマ将軍は昨夜の酒宴の影響を感じさせない様子で、声を張り上げた。
「この泉は領内でもっとも古いもののひとつだ。このようにいつもひどく濁っているのに、何故あのように光ったのか」
「その理由はすぐにわかります。種明かしをしますので」
スミュルナ王子が合図を送ると、ルウカが泉の周囲の、特に草の繁ったところを歩き始めた。
その足元からは、パシャパシャと水音がする。叢のせいで陸地のように見えるが、溝のようになっていて、泉につながっているらしい。
ルウカは足で目当ての物を探し当てた。壊れかけた堰のようなものだ。昨夜の部下とは違って、音や人目を憚る必要はない。そこへ豪快に、大人の頭ほどもある石をドボンッと落とした。
固まっていた堰が、石の重みで動く。
「なんだ、何も起こらないぞ」
「水面も光らないわ」
「いや、よく見てください」
ゴ…ゴゴゴゴ…ギュルルル…。
泉にさざ波が起きた。水草が向きを変える。
ルウカの立つあたりへと、水が流れ込んでいるのだ。少しずつ水嵩が減り、その下から、鈍い光りを放つ石がいくつも現れはじめた。
「あれはまさか…鉱石か?」と国王。
王名表卿はゴクリと唾を飲んだ。
「錫鉱石…」
それもただの鉱石ではない。
よく見れば、ひとつひとつが結晶化し、まるで宝石のようだった。だからこそ満月の光に反射し、輝いたのだろう。一度にこれほどの量を見るのは、卿も初めてのことだった。
純度が高ければ価値も跳ねあがる。
これは莫大な資金源になる。
未来への蓄えとまではいかないが、アシリア国が当座をしのぐには充分だ。
スミュルナはアシリア国王に断言した。
「鉱脈でもないのに、こんな数が泉に在るはずがありません。悪徳商人の隠し財産でしょう」
人々の視線が悪徳商人達に集まった。彼らは必死に首を横に振る。
「ち、ちがいます!」
「俺たちのじゃありません!」
「見苦しい言い訳をするな!」と怒鳴る将軍を、アシリア国王がなだめた。すこし不自然な点があるのだ。攻める方向を変えてみる。
「私財でなかったとしても、錫の存在を知っていたのではないか?
おぬしらが湿原で捕らえられたとき、金目の物を持っていなかったと聞く。なぜ先に泉に寄らず、湿原に居たのだ」
悪徳商人たちは核心を突かれると、観念して洗いざらい白状し始めた。
「もともと、暫定王の王宮書記官様が錫の輸出量を調整したい、と言い出したのです。なんでも、ヒタイト帝国と交渉する際に、切り札にしたいからと…」
そのために王宮書記官が選んだ手法は、現代のように関税をかけるといったものとはほど遠い。アシリア国においても違法で、かなり悪辣なやり方だった。
ヒタイト帝国とアシリア国とを往き来する商人を、荒くれ者に襲わせて荷を奪う。ヒタイト帝国辺境の領主を買収して、門限や記録を改竄させる。
「隊商から奪った物は、上質の錫以外は貰えました。儲かるし、ヒタイト帝国の辺境に居住を許可されると言われ、商売を拡大できると…目がくらんだのです」
「暫定王の治世が落ち着けば、王宮御用達として重用するとも言われていました」
悪徳商人たちは項垂れた。
難しいことは分からん、という口調でスピュルマ将軍が更に問いただす。
「それでも、イム殿達とちょうど居合わせた理由にはならん。湿原で合流できるよう、共謀したヒタイト人がいるのではないか」
これにはヒタイト帝国側も殺気立った。
慌てて悪徳商人たちは否定する。
「奪った錫は、王宮書記官からこの泉に隠すよう言われました。盗まれていないか時折確認するのも我々の仕事でした。ところが、最近沈めたはずの錫を上げて確認したところ、だいぶ減っていたのです」
「王宮書記官に報告しましたら、縛りが弛んで湿原に流れてしまったのだろう、と言われました」
ルウカの足元にある堰のことは、誰も知らなかったらしい。知っていたら、そんな見え透いた嘘をつくはずがない。
「手があけば、流れ落ちてしまった錫を一緒に集めよう、と言われていました。だからあの日湿原に呼び出されても、疑問に思わなかったのです」
「ところが書記官は湿原に現れず、その手下に殺されそうになりました。抵抗してもみ合ううちに、押し寄せた濁流に飲み込まれ…捕まりました。手下どもの行方はわかりませんが、湿原に居たのはそういう経緯です」
アシリア国王は頭が痛む思いだった。
もと王宮書記官の処罰が済んで一安心と思いきや、厄介な置き土産を残してくれたものだ。
この錫鉱石の存在はどの帳簿や契約書からも判明しなかった。国庫に入れるつもりならば、他のやり方があるはずだ。周到に悪徳商人たちを隠れ蓑にして、私腹を肥やしていたのだろう
しかも、都合が悪くなったら取引の全責任を悪徳商人に押し付けられるよう、状況証拠を揃えたうえで。胸糞の悪い話だ。
同情するが、この商人が悪事に手を染めたことは事実。
そして短い期間ではあったが、仮にも王宮書記官を名乗る男が、ヒタイト帝国に対して不正をはたらいたのも事実。
輝いて見えた鉱石が、アシリア国の未来を潰す重石に思えた。
そういえば地下で。
スミュルナ王子が“鉄剣の取引”を話したときに言っていなかったか。原料が手に入りにくくなったから、安くは売れない、と。
これがヒタイト帝国との商談をまとめたうえで渡していない商品だとすれば。アシリア商人、ひいては交易で栄えるアシリア国の信用が失墜する。
突かなければ出て来なかった大きな薮蛇を、アシリア国は自ら招いてしまったのだ。




