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再建

長いです。



 補修中のアシリア城で、祝賀会がひらかれた。

 亡くなった人びとの弔いが済んで、数日後のことである。


 スミュルナ王子を含め、近隣国の大使もいる。動向を探っていた各国にとっては、またとない機会だった。


 “祝勝会”でないのは、対外的にはアシリア国内での簒奪は無かったことにしているからだ。


 暫定王は非公開で法にのっとって処断された。王家の弔いを受けることもできず、犯罪者と同じ扱いをされ、王名表リンムからも名前が削りとられた。

 元王宮書記官ら反乱者に対しても、同様の厳しい姿勢で対応している。沈みがちなアシリア国王も、今夜は大広間で楽しげに酒杯をかかげる。


 修理の必要なところはまだまだあるが、城内の来客をもてなす部分が先に直されていた。国の体面を保ち、周辺国を牽制するためだ。


 両足の傷があるため王座に居るままだが、威風堂々とした振る舞いで各国の大使たちに“アシリア国王の健在ぶり”をアピールしている。


「新たな王族の誕生した今宵こよい。急な催しにも関わらずこのような多くの方々に参加いただけたことは慶びである」


 皇太子妃は無事に出産していた。

 この場にアシリアの王族は数人しかいない。簒奪で亡くなったとは言えず、皇太子妃のもとへ見舞いに行ったり、皇太子の作る新たな王室を表すためだと情報が流れていた。


 情報の発信もとである暫定王側妃は、驚いたことにスピュルマ将軍を伴って会場内を優雅に泳いでいる。美しいほほえみで相づちをうち、将軍の背後でさりげなく相手を見定めているようだ。

 

 面倒だと思ったスミュルナ王子は笑顔のままイムホテプに声をかけた。外交に必要な相手とはもう話したし、こちらはもてなされる側なので動き過ぎては軽んじられる。

 二人だけに聞き取れるほどの声で会話する。


「アシリア国王に挨拶を終えたら、退席するぞ」

「会談の約束だけ取れれば、それで良いわよぉ。窮地では近づいたのに、過ぎ去れば周囲の警戒がひどくて。こちらも舐められたもんねぇ」

「ヒタイトが同じ立場なら、同じことをするさ。

 兄上の調査報告を見るに、やはりアシリア国内に錫があるだろう。探し終えるまで、せいぜい油断させておくことにしよう。

 今は早く帰りたい」

「ヒタイト国にじゃなくて、リンの居る部屋に帰りたいんでしょぉ?」


 スミュルナは杯を重ねた。図星らしい。顔に出さないのはさすがだが、耳が少し赤かった。いくら美形でも、初恋をおぼえたての少年でもあるまいし気持ち悪い、とは親友だから言わないでおく。


 イムホテプもスミュルナ同様女性にモテるが、それと心を寄せることは違うと知っているからだ。亡き婚約者にさえあんなデレデレではなかったスミュルナの、おそらくこれは初恋だろう。


 イムホテプはリンのことを、目を離せない身内くらいには可愛く思っている。王子の幸せは嬉いが、正直複雑な気分だった。

 リンがスミュルナを意識していることは明らかだったから、しばらく静観することにしたのだ。


「いくら好きだからって、武人の体力にリンを付き合わせたらダメよぅ」

「もちろんだ、相手は怪我人だからな」

「でも3日も部屋から出してないでしょ。ルウカに扉を警固させて、どんだけ抱いたのよ」

「抱…っ?!」


 抱いてなどいない、と叫びそうになって場所をわきまえた。料理を誉める素振りでここ数日の切なさを吐き出す。


「いま抱いたら、この世から消えてしまうかもしれない。とても体温が低くて、眠りが長い。前にも同じことがあったから、体力を回復させているのだろう。口づけ以外はしていない」


 患者相手に口づけはするんだ、とイムホテプから白い目で見られ、スミュルナが慌てて弁解する。


「許可はとったぞ?」

「どうせ、薬湯を飲ませるという口実でしょぉ。部屋に近付こうとしても阻止されてたのよ。今日こそは診察に行くから、ルウカに言っておいてよぉ」


 イムホテプの断固とした口調に、スミュルナがまた杯を重ねた。


 リンは時折目を覚まし、容態も安定しているから呼ばなかったのだ。好きな女性の寝起き姿を、自分以外の男に見せたくないという本音は、酒とともに飲み込んだ。






 




 その頃、りんはようやく起きあがっていた。重かった体が、ずいぶん軽い。


「スミュルナ…?」


 ここ最近、目覚めるといつもターコイズブルーの瞳に見つめられていた。そのあまりの近さに身悶え、薬湯を飲むために口づけられ、恥ずかしさと驚きのあまり意識が薄れていつの間にか眠る、というのを数日繰り返していた。治療のためと言われたが、自堕落過ぎる。


 薬湯のせいで口内が苦い。寝台そばの卓に水さしがある。寝起きですこしボーッとしながらそこまで手を伸ばそうとして、思わず痛めたほうの足に体重をかけてしまった。


「痛っ!」


 体勢を崩した霖は、寝台から落ちる寸前に力強く抱き止められる。いつの間に青年が入室したのか気配もなかった。


「リン様、大丈夫ですか?」

 

 中背で鞭のようにしなやかな体型。整っているのに不思議と印象に残らない顔立ち、ウェーブした栗色の髪。

 スミュルナ王子の腹心、ルウカだった。


「些細なことでもお申し付けください。悪化しては王子が悲しまれます」

「ありがとうございます、御手数おかけしてすみません」


 頭を下げる霖に、青年は苦笑する。増長するより好ましいが、早く慣れて欲しいものだ。何度か敬語を改めるように言って、やっと固さが取れた。


「彼女の願いはすべて叶えるように」と厳命され、どんな我がまま女かと思えば、王子の亡き元婚約者とは真逆だった。やっと出た要望は「顔や口を濯ぐ水がほしい」ときた。


「華やいだ衣装などお好きでは?」

「似合わないし、この足じゃまだ外出できないもの」


 その自信の無さはどこから来るのか。

 王子のためと思えば、嫌われようとも苦言を言うのが臣下だ。それはリンに対しても変わらない。 


「この先も王子のそばに居らっしゃるおつもりならば、相応の所作を身につけていただかなければ。政敵につけ入る隙を与えませんよう」


 リンが顔を上げた。目下の者からの助言に怒るでもなく、状況を理解しようとする表情だった。その眼差しの強さに、将来が楽しみになる。


 そこへ、アシリア城から「帰りが遅くなる」との知らせが届いた。 

 ルウカが何かを思いついたように微笑む。


「商人タムカルムとイルバを呼びましょう。リン様、たしか以前、もう一度会いたいと仰せでしたよね?」

「いいの?王子はまだダメだって…」

「あの嫉妬馬鹿は気にしないで構いませんよ。浮いた足もそろそろ地につけていただかないと」

「え?」

「何でもありません。侍女を入れますから、まずはお召しかえを」


 夜着は厚手だったが、裾や袖から見える手足は細く、敷き布の上で手折りたくなる花のような風情があった。目の毒だ。

 しかしリンは「寝汗をかいたし、寝巻で迎えるのは失礼だよね」とつぶやいている。普段警戒している様子なのに、ひとたび仲間認定すると脇が甘くなるらしい。


 ルウカは内心ため息をつきながら、リンに言った。


「気分を変えるのも治療の一環ですよ」

「ありがとう」


 平凡な顔なのに、笑顔は不思議と印象深い。ルウカは、治療は治療でも荒療治だとは言わずにおいた。













 



 

 祝賀会も終わり、来客は皆帰ったが、スミュルナとイムホテプは側妃と将軍に捕まってしまい、中座できなかった。親しい身内だけで御礼の宴をするからと、強引に誘われたのだ。


 商人代表者を呼んで、あの湿原で捕らえた男たちのことで今から話し合うらしい。内容はヒタイトにも関係があると言われれば、断るわけにもいかなかった。


「ヒタイト帝国との友好に感謝を」


 アシリア国王は何度もそう言っては杯を掲げ、スミュルナ達をおおいに歓待した。

 今まで警戒されていたのが嘘のように、アシリア国の者から次々に感謝を示される。少人数で他国の目のないところであれば、対応できるというところか。


 アシリアとヒタイトはもともと友好国であったが、必要以上の接近はあらぬ疑惑を産んだりもする。各国───特に大国ケメトから“連合国軍として攻めこむつもりだ”と難癖をつけられるのを、アシリア国王は避けたかったのだろう。


 ヒタイトが単独でケメトに侵攻するつもりでいることは、おくびにも出さず、スミュルナは笑顔で対応する。

 商人の代表者が、真摯に礼を言ってきた。


「スミュルナ殿下方がいらっしゃらなければ、湿原へと脱出することは出来ませんでした。誠にありがとうございました」

「大したことはしておりません」とスミュルナ。

「そうよう、商人さんとリンにも解読を手伝ってもらったしぃ」


 商人はかぶりを振る。


「それでも、あそこで悪徳商人を捕らえることが出来ました」

「悪徳、ですか?」

「はい。奴らは錫の流通量を調整して私腹を肥やしていました」


 スミュルナは高ぶる心を隠し、涼しい顔で先を促す。

 アシリア国王が楽師たちの音楽を止めさせたので、商人代表者の声が良く通った。会場の視線が二人に集まる。


「彼らはもともとアシリア商人でした。しかし言いにくいことですが、ある領主ハザンヌと組んで、ヒタイト国領内の居住権を得ていました」


 そうきたか、とスミュルナは思った。

 こちらの過失を指摘してアシリア側に少しでも優位に“鉄剣の商談”を進めたいのだろう。イムホテプが反論しようとしたとき、宴席に新たな客の訪れが告げられた。


「お招きしていた方々がお見えになられました」


 来客に恥をかかせないよう、一度欠席の返事をした面子めんつであることは紹介されなかった。


「商人タムカルム様とその息子イルバ様、ならびにヒタイト帝国王子様のご寵姫とお付きの方です」


 まさか、とスミュルナ達が視線を向けると、妖艶な装いをしたリンがいた。思わず息をのむほど美しい。


 「どこのご令嬢だ」「美しい」「殿下もお目が高い」という声のなかを、霖はルウカの肩に手を添えつつ、ゆっくりと進む。その優雅な歩みに合わせて、会場じゅうの視線が動いた。


 挨拶の許可を得てタムカルムとイルバが、そしてリンが聞き取りやすい声で口上を述べる。


「療養していたため、遅参の無礼をお赦しください」


 通訳の仕事のときのように、穏やかで親しみやすい笑顔を浮かべる。声に緊張や不安を含まないよう、一気に言い切った。


「宝物の在処ありかを、お知らせに参りました」






 



 





 








 

 






 

 









 



遅くなりすみませんでした。 

あと1話と言ったのに。削ったのですが、終わらなかった…次こそアシリア篇最終話です。


いつも読んでくださりありがとうございます。アクセス数やブックマークが少しずつ増え、励まされております。


心からの感謝を。



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