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新たな道

短めです。


 アシリア国王は、城壁から領土を見渡した。

 地下通路からあふれた水は、民家までは届かなかったようで胸を撫で下ろす。味方の兵が攻城器用に土を盛っていたのも大きかった。


「スミュルナ王子達は正しい道を選んだようじゃな」


 もし三叉路で“▽▽(子ども)”と書かれた道を選べば、幼子しか通れぬほど道が狭くなる。そのぶん地上へと水が流れ、市街地が浸かっていたかもしれない。

 ちなみに“Х(敵)”を選べば、もともともと貯水槽だった地下牢へ着く。高低差で水が引かぬまま、力尽きて敵味方もろとも溺死である。えげつない。


 道しるべが腐食していたり、後世に改ざんされた例があるために、王は後継者以外に道順を教えてはいけないのだ。たとえ友好国の王子であっても。


「古い慣習に縛られるのは愚かだろうか。助けてくれた恩人にさえ言えぬとは」


 暫定王側妃は黙って控えている。相づちを求められていないからだ。


「ふふ、皇太子は“そんな逃走路を使わないですむような、安定した治世を目指します”と言っておったな。

 泥などの流入物でもう地下通路は使えぬだろうが」


 伝令が報告した。


「申し上げます。スミュルナ王子たちが、やがてこちらに合流します。また、この浸水によって怪我した者はいますが、亡くなった者は居ません」

「不幸中の幸いだな」


 「おんああぶぐっぐ」と不機嫌そうな呻きがした。王宮書記官だ。捕らえられ、拘束されている。服従させたことを明示するために、側妃に足げにされているのだった。


「こんなはずでは」と言いたかったらしい。王は冷たい目で男を見た。


「国を動かすのは、教本とは違ったであろう。いくら優秀であっても、一人でできることはたかが知れているのだ。教えてくれる先人と、ともに悩む同輩と、それらを指揮する高官と、そろって初めて国の手足の一部になり得る」

「んぐっ」


 元王宮書記官の反論は側妃の冷笑で封じられた。国王はなおも続ける。


「玉座の外で批判することは赤子にもできること。その言動に責任は無いのだから」


 今回の騒動について、国王は自分の甘さが原因だと思っている。王が間違いをおかしても、それを罰せられる部下はいないのは、とても恐ろしいことだ。良くも悪くもアシリアの運命を左右する。


「孫を支えてやらねばのう」


 後継者きぼうが遺されたことに感謝しよう。守らなければならない慣習はそのままに、未来のため新しい制度を取り入れることを視野に入れねば。国力を取り戻すために一層邁進せねばなるまい。


 アシリア国王は城内へと目を向ける。大部分は無事だが、床や壁の表面が流されているところもある。


 国としては痛手だが、建物については手に負えないほどではない。大変なのは、これからだ。暫定王に殺された官吏や使用人、ならず者の兵が迫害した街の人びと。その人的な被害が及ぼす影響は計り知れない。


 側妃は慰めも楽観的な励ましも口に出さない。

 ふと、幼なじみである亡き皇太子が、かつて好んで読んでいた神話を思い出した。

 

「“大嵐が過ぎ去り───」


 “天よ、掟と人びとを正しく導き、道筋を整えたままでいてください。それを途中で変えてくださるな。


 河の水がたっぷりと流れ、空には慈雨、地には斑入大麦が、水路には水、畑には穀物が、沼地には魚や鳥類が豊かなことも変わりなく。


 古い葦も新しい葦も繁茂し、果樹園の泉では密も葡萄もたくさん取れて。王宮には長命が、大海にはすべてが豊かであるように。


 国じゅうに人が満ち、再建され、天地のすべてに人が増え、幸せでありますように”


 側妃の記憶のまま紡がれる声は平坦だった。しかし祈りにも似てよく響く。指差しながら高い城壁を見上げる者もいる。


 ついには、市街地から人びとが集まりはじめた。「国王陛下だ」「ご無事だったのか」「もう安心だ」と口々に言い、喜びを分かち合おうとさらに人を呼ぶ。


 解散させようとする部下たちを、国王が「良い」と制する。


「民よ、苦労をかけた。しかし安心するがよい、新たな時代はすぐそこまで来ている。皇太子を含めほとんどの王族が弑されたが、皇太子の御子は無事だ」


 歓声があがる。すすり泣く者もいる。


「こたびの件では、商人たちに助けられた。今までは街の相談役として活躍していたが、もう1つ役職を与える」


 「おおーっ」とどよめきが広がる。そこへ、スミュルナ達がやって来た。商人は前へと呼ばれる。


 着いた早々予想外の展開に、商人は冷や汗をかきながらも落ち着きを装った。


「代表者よ、そなたには王名表リンムの作成と管理を任せる。一代限りではなく、これは世襲とする。」


 王名表とは、王族の祖先から現国王、そして子孫へと受け継がれる物だ。ときには王権の正当性を示し、後世からはそれに続けと書き込まれる。いわば国の歴史を記す大切なもの。それを預けるほど王に信頼されたということだ。


「──っ!光栄の極みでございます」

「これからも期待しておるぞ。

 ほかの者たちもよく仕えてくれた。詳しい報償はのちほど伝える」


 人びとの喜びの声が、しばらく絶えることはなかった。







 アシリア国王が民を魅了する様を、内心感心してスミュルナは見ていた。


 これから数日で、失われたすずの行方を探し、尚かつ“鉄剣の商談”をまとめなければいけない。

 王子は微笑みを浮かべながら、あらゆる方策を練り、思考を巡らせる。


 隣を見ると、愛しい女性が自分を見つめている。

 それだけで、力が湧くのを感じるのだった。


 





 








 


 


 

すみません、遅くなったうえに長いので分割しました。アシリア編もう1話だけ続きます。


呆れず読んでくださる皆様に感謝。


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