湿原
短いです。
湿原に投げ出された衝撃は、沼地がクッションになったのかそれほど無かった。
霖は口にわずかに入っていた水や土を吐き出した。身を起こそうともがく。王子は腕の力をゆるめない。
「あの、ありがとうございました、すみませんしがみついちゃって」
抱きついた、とは恥ずかしくて言えなかった。
「もう大丈夫ですから、放してもらえませんか」
顔を見上げると、王子は固く目を瞑り、口元は穏やかに微笑んでいた。しかし、その額に赤いものが流れている。血だ。
霖はギョッとして、まさかと思いなから王子の胸板に耳を当てた。────心音が聞こえない。
「き、救急車!ちがう、病院!お医者さんをよばなきゃ」
輪をくぐり抜けるようにして、身を起こす。さきほどまでの力強さが嘘のように、王子の腕がダランと湿原に濡れた。
周囲を見回しても、丈の高い植物が生い茂って人影が見えない。イムホテプや商人とはぐれたのか。探す時間が惜しい。
「こういうときは心臓マッサージと、呼吸の──」
したことないけど、声に出しながら自動車学校で習ったことを思い出す。そうでもしないと、叫び出しそうだった。
誰か、誰か来て、王子を助けて。
王子の服の胸元を少しあける。
掌を押し当てても、なかなか心臓をマッサージできるところまで押せない。それが厚い胸板のせいなのか、自分が非力なせいかはわからない。
もっと身を乗り出して、自分の腕力だけでなく、上半身の重みをかけるように押す。何度も。次に気道を確保して人工呼吸を。
唇が触れる寸前、鳥の羽音がした。待ち望んだ声が響く。
「───リン」
「トゥト!
王子を、王子を助けて!」
鳥の姿をした精霊は、冷静に答えた。
「それは、許さぬ」
思いのほか厳しい口調だった。
遅くなり申し訳ありません。
今夜も投稿します。今から用事で出掛けますので、短いですが出来たぶんを先に投稿します。
こんなところで区切って石を投げられそうです…。
いつも読んでいただき本当にありがとうございます。




