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突き当たり


 りんのもとを暫定王が訪れる少しまえ、イムホテプたちは地下通路の突き当たりに来ていた。


 青銅で覆われた、古めかしい扉がある。支柱の礎を見ると、微妙なでこぼこがあった。


「何か彫ってある。施工時の祈祷文かな」

 

 イムホテプが指で辿るといくつかの文字を読みとれた。


「*(神聖な)、∴(国)…あとは劣化が激しくて読めないわねえ」


 同行の二人はギョッとした。

 スピュルマ将軍はイムの女言葉に、商人代表は古い文字をイムが簡単に解読したことに。


 先ほどこの美貌の男が突然猫の鳴き真似をしたときは正気を疑ったが、何か理由があったのだろう、と眼帯の商人は思った。


 ヒタイト帝国のスミュルナ王子だったか、彼の存在を知ってからイムの態度が変わった。捨て鉢になった印象は無い。むしろ、素性を繕わなくても事態が解決すると確信したかのようだった。それほど王子を信頼しているともとれる。


 以前、タムカルムから聞いたことを思い出す。軍事を司るスミュルナ王子は聡明で武勇にすぐれていると。


 ヒタイト帝国内では王太子と人気を二分するほど信望者が多く、それだけに警戒網を抜けて人脈を築くのに苦労したと。途中で挫折した商売仲間もいると言っていた。


 イムがいくら有能でも、辺境の一高官が王子と面識を得る機会があるだろうか。まだ武官のほうが納得できる。しかしそれだとこの博識ぶりに説明がつかない。


 商人の鋭い考察は、スピュルマ将軍の声に遮られた。


「なんだこの扉は、かんぬきも見当たらないのに、押しても開かぬではないか!」

「いま調べるから待ちなさいって」


 慎重になれと諭すイムに、将軍が取りすがっている。声は抑えられているが、切迫した響きがあった。


「俺が体当たりすればどうにかなるかもしれん。きっと、ここに陛下がいらっしゃるに違いない!」

「アシリア国王が、地下にぃ?

 そもそも、こんな言い方は失礼かもしれないけど、ご無事なの?王宮でお姿を見ないし、暫定王に斬られたって言ってたじゃない」

「俺は庇って死ぬことを許されなかった。時を待て、と陛下はおっしゃって、負傷されたのち不埒者どもに隠されてしまったのだ」

「ふーん」

「皆はもう崩御されたと言うが、俺にはそう思えなかった。こっそりと、兵士の一人が王の執務室に食事を運んでいるのを見たのだ」

「侍女でなくて兵士が給仕をねぇ。それは確かに怪しいけど、逆に言えば食欲があるほどには回復したってことじゃない」

「それが最近、王の苦手な食べ物も残らず、皿が空になって返されている。陛下の身に何か起きたのに、発覚を恐れた兵士が自分で食べているに違いない」

「何かって、陛下が亡くなったとか?」

「考えたくもないが、それなら負傷が原因だと説明がつくし、隠す必要がない。人の出入りがもっと激しくなるだろう」

「じゃあ、誰かの助けで逃れたとでも言うの?」

「そうだ。しかし、陛下が逃れられたとしても、移動の形跡がない。身を隠せるような場所にお姿はなかった。俺は陛下の家臣だ、おそばに行かねば!城のなかはすべて探したのだ!」


 小声でも将軍の声は響く。

 イムは最低限の敬意を払うのも面倒になったようで、口汚く反論している。


「あんたの頭は飾りなの?開けた途端に敵兵から攻撃される可能性だってあるのよ?根拠はただの勘でしょ?」 

「悪いかっ?!」


「将軍、落ちつかれませ」二人を諌める商人の声が大きくなった。


『…よ』


 三人はピタリと動きをとめた。扉の向こうから、老いた男の声がしたのだ。


『静かにせよ。その声は…スピュルマか?』

「陛下!やっと、やっと…!

 ご安心を、いま参ります!」


 制止を振り切って将軍が扉に突進するのと、あっさり扉が開くのとが同時だった。内側からのみ、開くようだ。


 たたらを踏んだ将軍は素早く態勢を立て直して、薄暗いなか一点を凝視した。


「へ、陛下」


 将軍の動きが固まった。相手に敵意がないことを察したイムが外を警戒する。


 商人は扉を抜けた。内側の取っ手に縄が結ばれている。その先を辿ると、壁際の人物に視線がぶつかった。

 思わず息を飲む。


「大声を出すでないぞ」


 声量がないものの、威厳に満ちた口調は変わらなかった。アシリア国王陛下に間違いない。

 本来なら礼の姿勢を取るべきだが、あまりの衝撃に将軍は嗚咽をもらし、商人は立ちつくした。


「意外な同行人だの。商人代表と話すのも久しいな。そなたらがいつも城下を気にかけていること、感謝している」

「もったいないお言葉を賜り光栄の極みです。して、陛下、あまりにも、そのお姿は…」

「大事ない」


  扉を閉めた スミュルナが歩み寄る。手には薬袋があった。


 国王はそちらを向き直ることはしない。いや、出来なかった。服は血だらけで、特に長い裾は赤黒かった。両足の腱を斬られている。


「気休めにしかならないかもしれませんが、治療させてください」


 国王は緩やかに頷いた。
















少し短いですが、区切りが良いので分割しました。日付が変わる頃にまた更新します。

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