壁の向こう側
遅くなったうえ短くてすみません。改稿時に改題しました。
イムホテプと独眼の商人は息を飲んだ。
ガゴンッと大きな音がした。
スピュリマ元将軍の腕がついに牢の壁を貫通したのだ。
「常人離れした力ですね」
「よせよイム。そんなに褒められると照れちまうだろ」
独眼の男が壁の向こうを覗いた。
「これは…隠し通路?」
手元の明かりで照らしても、先が見えないほど長いようだ。
壁穴をすこし広げて、小柄な順に通り抜ける。
商人、イムと続く。
スピュリマが大きな体を捩じ入れる。
「将軍は無理ですよ」
「ここで諦めるわけにはいかん。もし通路が狭くなったら掘り広げてでも行く」
二人が慌てて退くと、スピュリマは体で穴を広げながら通路に転がり込んだ。
ガラガラと一面の壁が崩れ落ちる。
「……」
「……」
「……」
「進みましょうか」と、イムホテプは将軍の規格外さについて考えるのを放棄した。
自分の同僚であれば「少しは考えて行動しろ」と叱るところだが、仮にも他国の元将軍である。
きっと野性的な勘で戦局を乗り切って来たに違いない。コレを使いこなすアシリア前国王の器は大きかったと、認めざるを得なかった。
「私が先頭を、将軍は殿でお願いします」
通路を進むにつれて、これが王宮のいろんなところにつながっているのがわかった。上部に時々小さな穴が空いていて、そこから音が聞こえるのだ。
はじめは神殿なのか、祈りの詞だった。しばらく進むと、謁見の広間の真下に来たようだった。
「王宮書記官の声だ」スピュリマ将軍が小声で言う。
「誰と話しているのか…聞いたことの無い声だ」と顔の広い商人の男が言った。
もしここにタムカルムが居たら、「あり得ない」と叫んだかもしれない。イムホテプは列の先頭だったことに感謝した。驚嘆した顔を見られずに済んだからだ。
上方の声に耳を澄ます。
「これはこれは、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。事前におうかがいしていればお迎えにあがりましたものを」
「先に部下を送ったのですが、途中で行き違いになったのでしょう。門の警護が厳しいようですし。以前からご依頼の件でしたので急ぎ駆けつけました」
「そうおっしゃいますと、もしや?」
王宮書記官が期待で目を輝かせる。その前に、10キュービット四方ほどの木箱が運ばれて来た。
その蓋を、秀麗な青年がはずした。鈍い光が並んでいる。
「ご所望の鉄剣でございます。
ヒタイト帝国王に代わり、第二王子スミュルナがお持ちしました」




