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作業台

少し短いです。


 りんは数週間の掃除の成果を見回した。

 棚や床に散乱したものを整理し、使えないものは廃棄した。物の減った室内はずいぶんすっきりとして見える。残るは中央に鎮座する大きな作業台の上だけだ。


「ふぁ…」


 あくびを堪える。

 最近規則正しい生活を送っているので、いつもなら寝ている時間だ。隊商の旅のように焚き火があるわけでもないから、真っ暗になれば眠るしかない。

 

 今夜はキリの良いところまで片付けてしまおうと、明かりをつけている。古布で裁縫をしたいと言ったら、老女が持って来てくれたのだ。


 台は大人5人が手を広げて囲んだくらいに大きい。霖が多少体を預けたところでびくともしなかった。下方を見ると、台座は丸くて太い。金属板で覆われていて、頑丈そうだ。


 大きいので半ば乗り掛かるように、ガラクタの山をり分けていく。

 割れた器、古い布、乾燥した何かの木の実、破れた服などなど…だいぶ山を崩したところで、今まで見たことのないような物が出て来た。


 柔らかい皮で作られた───袋?


 怖々と袋の口を開ける。

 硬く焼いたパン、干したイチジクの実があった。細い棒とインク壺、パピルス紙が見える。どれもまだ新しそうだ。


 あんなに汚かった部屋を、霖よりも先に誰かが使っていたのだろうか。それも、わざわざガラクタの山に隠すようにして?訳がわからない。


 何となく気持ちが悪い。でも他人の使える物を勝手に捨てる訳にはいかなかった。埃を拭き取り、目につかない隅に置いておく。


 あとは、台を拭き清めれば終わりだ。

 一度拭き、真っ黒になった雑巾を替えて再度拭く。綺麗な木の肌が見えてきた。ところどころに彫ったような傷があるが、全体的には年輪が見えて美しい。鼻を近づけると、とても良い香りがする。


 その香りが、家族で温泉に行った時のことを思い出させた。優しくて大好きな父だったけれど、発掘や学会、授業と忙しそうで、一緒に遊んでもらった記憶はあまりない。


 だから、数日とはいえ家族全員で温泉に行くと聞き、とても嬉しかったのを覚えている。いま思えば、兄の湯治を兼ねていたのかもしれない。


「あのねお父さん、すっごく良い匂いの、おっきい木のお風呂があったよ」

「うん、男湯にもあったよ。

 霖、あれは檜風呂って言うんだ」

「ヒノキ?」

「そう。香り高いだけじゃなくて、防虫、防腐に優れているんだ。

 こういう樹は日本以外にもあってね。古代でいえばレバノン杉が有名だな」

「スギ?霖、知ってるよ、家の柱がスギだよね」

「そうだ。レバノン杉は松科だけどね。長年乱獲されて、現在は絶滅の危機に瀕している。

 ツタンカーメンのひつぎもそうだし、ピラミッドのそばに埋められていた“太陽の船”も材質はレバノン杉だ。香りと防腐性は、古代の信仰と密接に結びついていて…」


 歴史関連になると父の話は長かった。それを母が諌めて。場所が変わっても慣れたやりとりをする両親を見て、兄と私は笑い転げていた。すごく懐かしい。


 母と兄はどうしているだろう。父の日記も必ず持って帰らないと。


 わたし、今は掃除をしてるけど、いつになったら帰れるのかな?

 物騒な状況で出国するよりはマシだと、城までイムホテプについて来て、それが正解かどうかはわからない。

 トゥトは「癒えるまで」としか言わなかった。

 具体的にどのくらい、という目安がないことに、不安が無いと言えば嘘になる。


 台の上が綺麗になり、当面の目標がなくなってしまった。居心地が良くなったはずなのに、部屋に1人でいることが急に寂しくなった。

 少し飾れば、殺風景さが和らぐかもしれない。台の傷も隠れるし。


「あの布をテーブルクロスにしたらどうかな?」

 

 独り言が増えた自分に苦笑する。 

 台の上に、バサッと洗濯したての布をかけた。少々寸足らずだけれど、白色のおかげで部屋が明るくなった気がする。


 片付けを終えた安心感が眠気を連れてきた。

 もう寝ようと、扉に閂をかけたとき。

 ザッ、ザッ、と足音が近づいてきた。


 あわてて明かりを消し、扉の隙間から外をうかがう。すると、聞きなれた老女の声がした。


「リン、起きてるんだろ。さっきまで明かりが見えてたよ」

「はい。珍しいですね、こんな夜に」

「今日は夜まで仕事だったんだ」

「お疲れさまです」


 老侍女の持つ明かりを頼りに、かんぬきをはずす。

 そこには、嬉しさと憐れみの混ざった複雑な表情があった。


「側妃様がお呼びだ。すべての手荷物を持っておいで。早く」

「今からですか?」

「話している時間は無いんだよ。もうすぐ来ちまうんだ!」


 激しい口調に霖はビックリした。どんなに不機嫌でも、今まで老女が怒鳴ったことは無かったから。

 何があったのか訊ねるまえに、突然割れた鐘のような声が響いた。


「ほう、何が来ると不味いんだ」

 

 老女の背後から、黄金の輪で飾られた毛むくじゃらの腕が現れる。

 それは老いた薄い肩をつかみ、横へと突き放した。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄ろうとした霖と、腰が抜けた老女の間に、大柄な男が立ち塞がった。


「ふん、容姿は珍しいが、相変わらず細っこくて色気が無いな。喜べ、俺が今夜から色気を身につけさせてやろう」


 アシリア暫定王だった。

















 


 


 

 




いつも読んでいただきありがとうございます。


遅くなり申し訳ありません。まだギリギリお盆と言って良いのか…。

短かったので、今夜もう1話投稿します。

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