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 タムカルムと隊商の部下たちは3つの牢に分散して入れられていた。一番手前から解放することにする。怪我人がいるタムカルムの房は最後だ。


 イムホテプは帯にぶら下げていた袋から、鍵を数本取り出した。牢番の控え室から拝借してきたものだ。


 鍵は木製で、棒状だった。

 大きさも形もいわゆる“孫の手”に似ている。“孫の手”と違うのは、先端が掌の形ではなく突起が刺さっているところだ。歯の欠けた櫛のようにも見える。


 目の良いタムカルムがさく)越しにたずねた。


しるし)も付いて無いのに、どの鍵で開くのかわかるのですか」


「大丈夫です。確率の問題ですから」


 どの鍵がどの房のものかなんて、牢番連中に訊くことはできなかった。疑ってくれと言うようなものだ。かといって、鍵箱に説明書は入っていない。ここの牢番は口伝で引き継ぎをするのだろう。形が無ければ、情報を盗まれる危険が減るから。


「まぁ、俺には関係ないけどねぇ」


 女言葉を封印しているわりに語尾が怪しい。連日の激務と睡眠不足でイムホテプもさすがに気力が削られている。

 手早く牢を観察した。


 先ほどもらった名簿には、捕らわれた人たちの出身や職業まで記されていた。タムカルムのような商人だけでなく、役人や兵士もいた。兵士のなかには、腕力で抵抗する者もいるだろう。


数人で抑えられ、あるいは負傷していても、休むあいだに反撃のための体力を温存するのが武人というものだ。まあ、全員がそうとは言えないが、自分の友人である分隊長ならそうする。

 

 堅固なつくりであっても、体当たりを繰り返されて揺れれば多少甘くなる。壊れる前に付け替えるはずだ。


 思った通り、柵に固定された閂の古さはまちまちだった。閂と鍵は同時に作るから、木肌の)せ具合が似たものを選ぶ。


「少し下がっていて下さい」


 人の気配が遠くなり、眼前の物に集中する。

 柵と支柱をつないでいるかんぬき)。その端に穴がある。そこに鍵をゆっくりと挿す。


 閂に食い込んでいた木の爪が、コトリコトリと鍵に押し上げられていく。爪が再び落ちて来ないよう、そのままの角度で鍵ごと閂を横にずらした。


「開いたぞ!」

「なんでわかったんだ」

「すごい」


 歓声が上がった。声量を抑えているのは流石だ。


 喜ぶ囚人たちのなかで、タムカルムは微笑を浮かべている。微笑の下で、イムホテプへの警戒心を高めていた。


 イムホテプの手際の良さは、楽師の枠を超越している。本来の職業は何だろうか。脱出の手助けになればと思い名簿を渡したが、それを受け取るときの表情が気になった。


 ここに居ない囚人たちに同情するわけではなく。

 牢番や兵士に憤慨するわけでもなかった。タムカルムたちの苦労を重く受け止めてはいても、他の者たちの行く末を歯牙にもかけていない。まるで、多くの生死を見てきたかのようだった。


 旅の途中で見た姿は、盛り上げ上手な楽師。

 見習い楽師をからかうところ。

 疲労困憊のリンを庇って歩く姿。


 その印象が強かったけれど。思えば、あの少女をそばに置いていないとき─リンがイルバといるとき─には、イムホテプは隊商の仕事を遠慮がちに手伝っていた。料理やロバの世話をしたり、荷を並び変えたり。会話がはずむし、小さなところに気が付くので助かっていたが。


 もし一流の楽師ならば、指を怪我するような作業を嫌うのではないだろうか。

 


 タムカルムが考察しているあいだに、最後の鍵を開け終えたようだ。イムホテプと目が合う。

 こちらの疑問をわかっているかのように、彼はうなずいた。


「いろいろお訊ねになりたいことはあるでしょうが、ひとまず移動しませんと」


「もちろんです。その、誰かに依頼されたのですよね?」


「ええ、商人たちの代表者の方から」


「あの眼帯の?」


「そうです。自分は以前ヒタイト帝国の官吏だったので、そこを見込まれまして」


 あつさり白状するが、それだけでイムホテプの得体の知れなさがわかるはずもない。しかし、それ以上話す余裕はなかった。

 こちらの増援が来たのだ。

 大胆にも、牢番部屋のほうから。


「なぜか牢番たちが爆睡していたのでな」と、眼帯の男が飄々と寄ってきた。数人の部下を連れている。

 その姿をみて、タムカルムは駆け寄った。

 感動のあまり抱きつくのかと思いきや、怒っているようだ。

 日頃の丁重さのかけらもない。


「なんで義父上が自ら来ちゃうんですかぁ!安全なところで指示しておいて下さい。怪我でもされたら妻に言い訳が立ちませんよ!」


「お前、最後が本音だろ」


 あっけに取られる面々を見て、独眼の男はニヤリと笑った。


「娘婿の意見とはいえ、聞けんなぁ。自分にとっては、商人仲間は家族も同然、優劣はない。もっと早く来たかったが、条件が揃っていなかった。今は、来るべきだからここに来たのだ。

 皆、よく頑張ってくれた」


「私たちが来る以前から捕らわれていた人たちはどうなりましたか」


「わからん。まず脱出することを考えろ。怪我の重い者から順に逃がす。タムカルムは真ん中で前後の指示をしろ、俺は殿しんがり)だ」


 牢から出られる実感が湧いたのだろう、隊商の者たちがすすり泣き始めた。手足を止めるな、とタムカルムが叱咤する。その声も涙混じりだった。


 ひとり、ふたり、と減っていく。

 物言いたげだったタムカルムも行った。


 敵陣で物事をスムーズに進めることが、いかに難しいかはイムホテプも知っている。

 独眼の男の敏腕ぶりに舌を巻く。珍しく疲労を自覚しているからか、皮肉が口を衝いて出た。


「落ち合う場所はもう少し遠かったはず。ここまで来られるのならば、私は必要なかったのでは?」


「いやいや、イム殿の情報があってこそだよ。それより、やはり一緒には来ないのかね」


 イムホテプが足を止めたので、眼帯の男が振り返った。隊商の最後を、別の部下に守らせ、先を促す。

 牢番部屋の端で、ふたりきりになった。


「私がいなくても安全でしょう。脱出路は説明してありますし」


「リン姫を迎えに行くのかね。それとも、他に何か?」


 イムホテプは様々な選択肢に思いを巡らせ、この独眼の男を巻き込もうと結論に至った。彼にしては珍しい。それだけ、手腕と胆力を買っているとも言える。今からすることは、地元の名士がいたほうが煙に巻ける可能性が高い。


「実は、いただいた地図には書いていなかったのですが。

 この牢の奥に、隠し部屋があるようなのです」







 




 




 



 

 昨夜投稿するはずが、今になり申し訳ありません。

 入力しながら寝落ちしてしまったようです。起きると体の下に端末があって青くなりました…。


 予告の半分にも届かず。今夜か明朝に更新予定です。

 いつも読んでくださる方々に感謝を込めて。

 

 次話、久々に王子が登場します。

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