変色
短めです。
アシリア城内は、意外と涼しかった。
若い女官、イムホテプ、霖の順で廊下を進んで行く。ヴェール越しに周囲を観察すると、壁や床は、大地の色だった。
四角い石を積んであるのかと思えば、ところどころに藁が練り込まれているのが見える。確か…日乾し煉瓦っていうんだっけ。
歩きながら、父の言葉を思い出す。
“身近にある材料が、案外優れた建築材だったりするんだよ。日本で言えば、茅もそうだ。湿度や温度の調整力が素晴らしい。火気に弱いから新築で使うことは禁止されているけれどね。
古代文明で言えば、日乾し煉瓦が有名だ。これは現代にも受け継がれている技術で、砂と水と藁、木枠、そして強い日差しがあればどこでも作ることが出来る。ゆっくりと放熱する性質だから、室内が涼しく保たれる。大量の水や揺れがなければ、とても丈夫なんだよ”
着飾った霖は、金属製のサンダルを履いていた。歩くと、カッカッと高い音がする。なるほど、充分に硬いらしい。
緊張をほぐすために、とりとめのないことを考える。そうでもしないと、悪い想像ばかりが膨らみそうで。
先ほど聞いた「同情」「酷い」「暫定王」「後宮」という言葉。おそらく、内部の者だけが知る、重要な情報のはず。
それを惜しげもなく霖たちにさらしたのは、信頼というよりも、“もう二度と外には出られない”と確信していたからじゃないのか。
それに、先ほどの将軍は、何が目的だったのだろう。もし女官が言うように霖たちを逃がすのが目的なら、斬りかかる必要はないはずだ。
ううん、いつものことのように言っていたから、怪しまれないように誘導するため、とか?
軽傷を負わせて治療のついでに逃がそうとしたのかもしれない。疑い過ぎだろうか、何か、他の意図があるような気がしてならない。
考えているうちに、広大な城内の中心部分に近づいたようだ。
音楽が聞こえてきた。
そして、割れ鐘のような大声と、悲鳴が響く。
「なぜ人が集まらんのだ」
玉座に座る大柄な男が、お酌をする部下を払いのけた。勢い余って、酒杯が倒れる。
葡萄酒がこぼれ、日乾し煉瓦の床の色が変わった。
癇癪は珍しいことではないのか、大広間のいたるところが、そのように変色している。
怖くなった霖は思わず足を止めた。
若い女官が、護衛の兵士に取り次ぎを頼んだ。暫定王の目にとまらぬよう、ここで別れるらしい。
「せいぜい怒らせないようになさいな」と霖に、「またお会いしとうございますわ」とイムホテプに声をかけ、足早に去った。
「暫定王、お客様がおいでです」
「入れ」
イムホテプに附いて進む。
事前の打ち合わせ通りに、出来るだけ優雅な仕草を心がける。礼儀作法はわからないので、動きや姿勢を真似することになっていた。
パピルスを読み終えた暫定王は、まず霖を見た。炯々とした目が、ギョロリと動く。
「貧相な体つきだな。すぐに壊れそうだ。ヒタイト王に仕返ししたいのは山々だが、辺境伯の妾腹の子が死のうと、あまり効果はあるまいな」
それよりも、と暫定王はイムホテプに視線を移す。
「随行人は大した美貌だな。よし、お前が後宮へ入れ」
え、そっち?!
驚いたのは霖だけではない。広間全体がざわついた。イムホテプを見ると、冷たい微笑を浮かべている。
間近にいる霖には、彼の手に鳥肌が立っているのが見えた。
深夜と言いつつ朝になり申し訳ありません。いつも読んでくださり本当にありがとうございます。
この作品はノーマルなつもりなので、安心して読み進めていただければ(笑)。
展開がいまいち速くならず、書く難しさを実感しております。余談ですが、日乾し煉瓦は焼成する方法もあります。
区切りがよいので分割して、短めですが投稿しました。同日もう1話更新します。




