調査員が見たもの
オアシスから帰ってきた調査員はベテランで、将軍が最も信頼する部下の1人だ。付き合いは長いが、ここまで動転しているのは見たことがない。
すこし口調をやわらげて尋ねた。
「些細なことでも何でもよい、見たままを申せ」
「はい。まず…夕方頃、オアシスに一羽の鳥が舞い降りました。おそらく、トキであったかと思います。
直後にその方向からまぶしい光があふれ、しばらく眼をつぶってしまいました」
目を開けていられないほどの光とは何か。将軍は目線で続きをうながす。
「目を開けると、それまでオアシスに人の気配はなかったはずなのに、陽炎のように1人の女が現れました」
やっと女が登場した、と将軍は思ったが話を遮りはしない。
「女は全身を黒い服で覆っていて、長い髪を蛇のようにうねらせ、目から魚の鱗のようなものを出し、聞いたこともない言葉を話しました」
どんな化け物だ。
この調査員が人の気配が無いといえば、本当に直前まで人影がなかったのだと、長い経験から信頼できる。
先ほどの門番といい、考えねばならないことが多すぎる。
眉間を揉みながら、将軍は尋ねた。
「どのような様子だった?攻撃的か、挑発的か」
将軍は独身だが、女性に敵愾心を抱いているわけではない。
いくらオアシスといえども家族や仲間もなく、女性が1人で砂漠に居る状況はそれほど異常なのだ。
「はじめ腕を振り上げられまして…
攻撃されるかと思いきや武器もなく。
真っ赤な唇で笑いながらこれを渡されました」
と、パピルスとも粘土板とも違う、
手の平ほどのすべらかな薄いものを取り出す。
麻布よりも白いが、布の感触とは異なる。それは現代では変哲もないメモ紙だったが、彼らにとっては未知の物だった。
しかも象形文字が書いてある。
この国では文字を読み書き出来る者は限られる。書記官などのエリート階級が占有しているのだ。それを知っているとなると、ただ者ではない。
しかも記された内容は将軍の手にも余る。
調査員は読めなかったのだろうが、読めたらもっと動揺していただろう。
紙の異質さをみて報告の必要性を感じたところは流石だった。
「そなたにはあと二カ所報告に行って欲しい。私も共に行く。
その後は休め。
調査は長期化しそうだ、人員を増やそう。
して、それとは別に頼みたいこともある」
しどろもどろの報告を叱るどころかねぎらってもらった調査員は感謝と安堵と疲労で座り込みそうになる。何しろ何日も馬を走らせて来たのだ。
しかし安心するのは早かった。
「さて、行くぞ」
「どちらへ行かれるので?」
何故か腕をつかまれたまま、とても良い笑顔を向けられる。
「神官長と王のところだ。」
一介の調査員にとっては恐れ多すぎて気が遠くなる。
逃げ出したいところだが腕を掴まれたままではかなわない。
これでも並みの兵士よりも強いつもりだが、相手はケメト王国随一の武人だ。諦めるしかなかった。
将軍は部下を呼び、様々な指示をだし、王宮の奥へと向かう。歩調はほんの少しだけ速かった。
顔色をうかがうと、平静な表情だが眼差しは厳しい。
その手に握る紙片には、こう書いてあった。
“ここにはトゥト神の化身がいます。
軍を寄越さないで。
藍田 霖”
更新遅くなり申し訳ありません。
読んでいただきありがとうございます。
次回、オアシスのあのヒトが登場します。
しばらくリアルが忙しく、週末の更新になるかもしれません。
呆れずお付き合いいただければ幸いです。