息つぎ
念のためR15です。
噛みつくような荒々しさに、霖は呼吸もできない。
動きの固まった霖をなだめるように、大きな掌が後頭部を優しく撫でた。もう片方の腕は腰をゆるくホールドしている。
唇の強引さと手の優しさと、どちらに反応したのかわからないまま、体温が勝手に上がっていく。
台風のさなかに放り出されたかのように、ただ圧倒されて飛ばされてしまった思考力は、もみくちゃになりながらも少しだけ残っていた。
『恋愛禁止じゃ』
トゥトの声が脳裏に響く。
抵抗しようと王子の胸板を押したが、その硬さに驚いて思わず手を引っ込めてしまう。
当たり前だが、鳥の姿のときのトゥトとは感触が違った。どうすれば良いのか、頭が回らない。自分が自分でなくなるような。
その様子を注意深く見ていた王子は、誰かと比べられていることを敏感に察知した。
「まだ余裕があるようだな?」
「***て…**い」
「嫌なら振りほどいてくれ」
「離*て…くだ*い」
身動き出来るように持たせていた隙間を、リンが気づかないうちに狭めた。背中の傷に触らないよう、巧みに位置を変えながら口づけがつづく。
霖は今まで、異性からこんなに熱く見られたことはなかった。怖いはずなのに、温かな感触にすがりたいと一瞬思ってしまう。そんな弱い自分に驚き、うろたえる。
足りないのは酸素なのか、二酸化炭素なのか、自分は息をしているのか、していないのか。もはや脳みそが液体になってしまったようだ。
力の抜けた霖を心配したのか、荒波は穏やかな波に変わった。
口づけの合間に、薬湯を飲まされる。口直しに木の実を食べさせられ、また唇が寄せられる。
「すこし苦いな」と王子が笑うのを、ぼんやりと見上げた。
周りのことを把握できなかった霖は、女官長が「あらあら」と入室して来たことにも気付かなかった。
唇が離れる。
やっと深呼吸ができると、激しく胸を上下させるリンを、二人が気遣うように見ていた。
王子はリンをかいがいしく世話する。反省はしているが、謝罪はしていない。女官長はぷりぷりと怒っていた。
「病み上がりですから、連れて行きますよ。まったく、侍医も置かずに」
「おかげで休息をとれたよ」
「そうですか?お忙しかったようですけど」
チクリと皮肉を言うと、女官長は室外からリンの護衛を呼んだ。
「あなたはリンの護衛でしょう。どうして止めなかったの」
「分隊長の指示に従ったまでです」
「あの子の指示は?」
「王子以外の者から護れ、です」
「「…………」」
まだ呼吸が整わないリンを、王子が抱き上げようとする。他の者に運ばせようとしても、頑として王子が譲らなかったからだ。
身を屈めたところで、夜空のような瞳に視線がぶつかった。そこには、怒りと戸惑いが浮かんでいる。目を合わせづらいのか、ぷいと横を向く。
「気安く触らないで。歩けます」
凛とした声に気圧されるように、皆が手助けをためらう。背中が痛んだが、それを微塵も感じさせずに、霖は立ち上がった。
「お騒がせしました。お暇します」
「体調は大丈夫か?」
「治療、お世話になりました」
礼儀として、言っておく。難癖をつけられ、引き止められるのは嫌だった。
ふつふつと怒りがわくのを、微笑の下に押し込める。
霖がこの部屋に来たのは、自分の不用心さもさることながら、周囲が“そうあるべき”として扱ったせいだと、理解したからだ。
つまりは、衣食住を面倒見るから俺のモノになれ、みたいな。
最低。
そして、靡きそうになった自分はもっと最低だ。王族の“興味がある”を好意だと、一瞬でも信じそうになって。常識の通じない異世界なのに、危機感が薄いままで。
トゥトのことを聞こうとしただけでこれなら、敵視されているか、少なくとも懐柔しようとしているのかもしれない。トゥトは精霊だけど、私には何の力も無いのに。
「ちょっと、いや、かなりカッコいいからって、女性が誰でも靡くって思わないでよね!最低!」
どうせ言葉が通じないのだから、不敬罪で捕まることもないだろう。言いたいことを叫ぶと、霖はスタスタと部屋を出て行く。
王子、護衛、女官長の3人はあっけにとられてそれを見送った。
霖は退室し、人気が無いことを確認する。寝込んでいたせいで体力は削られているが、外に出て身を隠すことくらいは出来るはずだ。
建物の内部では迷っても、開け放たれた場所はいくつもある。ここから離れて、トゥトを自分で探そう。
太陽が傾きかけている。
護衛や女官長たちが追って来るまえにと、霖は走り出した。
いつも読んでいただきありがとうございます。
そして、4000pv突破ありがとうございます!励みになります!
R15と期待(?)させながら、これが精一杯でした、すみません精進します。重ねて、予告の半分までしか行かず、申し訳ないです。
相変わらず不定期亀更新ですが、これからも呆れずお気軽に読んでいただければ幸いです。
次話、ヒタイト帝国とアシリア国。
金髪のあの人が再登場です。




