宴
王都テベにある王宮では、宴が催されていた。
給仕の女たちの髪飾りから香油の匂いが漂っている。楽士の奏でる曲も見事だが、出席者の話す声のほうが大きい。
「このオアシスを掌握できれば、ヒタイト王国へ攻め入ることも夢ではない」
「兵糧も軽くなり、進行の速度が違いますからなぁ」
「あちらさんがわが国の動向を知ったとしても、備える時間が足りますまい。そうは思わんかね、将軍」
将軍、という声音には揶揄した響きがあった。
平和な治世にあって形骸化した役職のひとつだからだ。軍議とはお家自慢と机上の論理を振りかざして酒を飲む場であった。少なくとも例のオアシスが発見されるまでは。
将軍はしなだれかからんとする女たちを表情ひとつで拒み、意見を述べた。常よりも低い声になる。
「現在ヒタイト王国とは友好関係を結んでおりますが」
「友好条約なんて、もともと我が国ケメトの大勝利だったところを、あちらの体面を立てて偉大なる先王様が結んだに過ぎん。手をこまねいているうちに諸外国が先にオアシスを掌握したらいかが責任を取るつもりだ」
あちら、つまりヒタイト王国では逆にケメト側が負けたと言われていることを、将軍は知っていた。
戦況は引き分けだったのだと、当時の将軍である祖父から極秘に伝えられたのだ。
古参の者は知っているが、声高に言えないことでもあり、子孫に伝える者も僅かだった。
将軍の実権が縮小されている今では、ここにいる者たちの指示を無視することは出来ない。果たしてこの面々が指揮を執ってまともな行軍ができるのか疑問だと考えつつ、将軍は違う言葉を口にした。
「しかし、今まで例のオアシスが発見されなかったという点は見過ごせません。本当にその情報が正確なのか、正確としても水脈が豊潤であるかは、更に調べねばわからぬことです。行軍したが着いた頃には枯れていた、では冗談にもなりません」
列席の面々は鼻白んだように、ビールを飲み交わす。
「将軍はそろそろ見回りの刻では?そんなことに煩われない我々が、軍議をすすめておきますのでな」
「そのとおり。そういえばいつまでもオアシスと呼ぶのもわかりにくいですな、ゆくゆくは我が国のものになるのです、名称を決めるのも大事な議題ではありませんかな」
「神々の御名にちなんでは」
「王妃の御名に…」
「見回りに行って参ります」ため息をついて、将軍は立ち上がった。
本来は部下に任せてもよいのだか、現状を把握することの大切さから欠かしたことはない。父も、祖父もそうであったと、堅物として煙たがられるのも
慣れたものだ。
それに、最近各国の情勢が静か過ぎる。砂嵐が来る前のように、胸騒ぎがするのだった。
宴席を離れ、石柱の並ぶ廊下を歩いていると、前方が騒がしい。
「こちらは現人神であらせられる王のいらっしゃる宮ぞ、静かにいたせ」
よほど大事な局面でもなければ王にまみえることもない。広大な宮殿の一角から王まで聞こえることはないのだが、様式美というやつだ。
「しょ、将軍、申し訳ございません。この者たちが至急の知らせがある、と」
衛兵が指したのは二人。ひとりは門番、ひとりはオアシスの調査を任せていた者だ。
「まずは門番から申せ」
「は、申し上げます。共に門を守っていたジリが姿を消しました」
「酔っ払いその辺で用を足しているのではないか」
「そのように本人も言っておりましたが、場所を離れてもう長い時間がたちますゆえ」
「わかった、違う者に補充と捜索にあたらせる。して、そなたはなぜ門を離れたのだ?」
「は、至急報告せねばと」
「上官の指示が下るまで門が無防備になるではないか。異常があった際の手順はそうではない。知らぬそちではなかろう。詳細は追って訊く。今日は帰宅せよ。謹慎と思え」
謹慎、と聞いても眉ひとつ動かさない。刃向かう気配がないので衛兵に指示を出す。
「連れてゆけ」
衛兵に連れられてゆく門番を見送りながらもうひとりの調査員を見る。
「して、そちらは?」
「は、申し上げます。先日発見されたオアシスですが…」
「そちらも姿を消したのではあるまいな」
「それが…姿を現しました」
「何?」
調査員は唾を飲み込んだが、声が震えるのはとまらなかった。
「み、見たこともない服を着た女が現れたのです」
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