挑発
短めです。
雨は本降りになった。
砂漠にも雨が降るんだ、と思ったのは一瞬だけ。
霖は慌ててバッグをつかむと、樹の下へ駆け込んだ。
トゥトが呆れたように言う。
「そんなに急がずとも、すでにずぶ濡れだろうに」
「誰のせいよ、誰の。
私じゃなくて、バッグが濡れたらまずいのよ。携帯とか入ってるんだから」
「心配せずとも…」
トゥトは言いかけて、急に周囲を見回し始めた。
霖を幹に押し付けるようにして、背中に庇う。
「樹から離れるでないぞ。声も控えよ」
「トゥト?」
もし鳥の姿だったなら、相手を威嚇するために大きく翼を広げていただろう。
両腕を広げて、長い袖で霖の姿が隠れるように立った。
こちらが気付いたからか、相手は堂々と近づいて来る。
姿を現した男たちは十人ほど。
一見して特徴のない格好だが、それぞれの手に持たれた剣は統一された大きさだ。
「何者じゃ」
じゃり、じゃり。男たちが砂地を踏みしめる音だけが返った。
トゥトを取り囲むように素早く展開する。練度が高い。
なかでも、とりわけ強者の雰囲気をまとった男が進み出た。ベール越しに届いた声は低く、艶やかに響く。
「ここで何をしていた?答えれば命までは取らぬ」
ケメト語だが、わずかにヒタイト語らしき訛りがある、とトゥトは思った。
この世界では、自分の住む集落から離れずに一生を終える者も多い。複数の言語を話せるのは商人か、上流階級に限られる。
貴族か、王族か。
剣を構える様子は並みの武人ではなかった。
ヒタイト国が精鋭を送り込んで来たからには、ケメト国との対決を睨んでいると考えてよい。そのような状況のなかで、たとえ質問に答えてもそのまま見逃してもらえる可能性は低い。
捕らえられて奴隷となるか。
難癖をつけられ口封じのために殺されるか。
霖はほとほと不運じゃのう。
トゥトは人間くさくため息をつきそうになった。
この世界の住人たちの前では、神力を軽々しく使う訳にはいかない。精霊にもいろいろ制約があるのだ。
いま出来るのは、この身で闘うこと。
そして祈ること。
聖木に語りかけ、霖の守護を願う。
神力と違って聞き届けられるかはわからないが、気休め程度にはなるだろう。
御身の種子に包まれし者を護りたまえ。
トゥトの沈黙を拒絶と受け取ったのか、王子が剣先を向けた。
「質問に答えぬか」
トゥトはヒタイト語で答えた。
男たちの正体を見抜いている、という挑発だ。
「我は水遊びをしていただけの通りすがりの者。
剣を向けるような相手ではない」
ベールの男─王子は眉根を寄せる。
「我が名はスミュルナ。そなたの名は?」
「トゥト」
「ケメト風の名前だな。
詳しく訊きたいこともある。我らに同行してもらおうか。」
剣に囲まれた。
トゥトの長い袖から、百科事典ほどの大きさの本が現れる。
粘土板やパピルスとは異なる分厚いそれに、男たちは警戒を強める。
物静かな雰囲気を一変させ、トゥトはニヤリと笑った。
「さあ、始めるぞい」
何度も書き直したため遅くなりました。
短いですがキリが良かったので。
つづきは早めにアップします。
次回、リン視点で急展開予定。
読んでいただきありがとうございます。
相変わらず不定期亀更新ですが、呆れず読んでいただければ幸いです。
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