王都の夜
真っ暗闇だった。
今夜は月もない。
旅人の道標となるシリウスさえも、
厚い雲に覆われて見えなかった。
諸外国にその名を轟かす王都テベ。
繁栄ぶりは「千の門の都」と謳われるほど。
その要所のひとつを、門番のジリは欠伸をしながら守っていた。
欠伸をしながら寒さをしのぐために足踏をする、という
器用なことをしている。
買い換えたばかりの皮のサンダルが軽い音を立て、
やけに響いた。
「昼は暑くて嫌だ、夜も寒くて嫌だ。
酒もないのにただ砂漠ばかり見てられっかよ」
篝火にあたりながら飲んでいたビールを、先ほど
上官に見つかって没収されたばかりだ。
運の悪いことに今日の当番相手は、腕は立つが無口と評判の男。
上官への取りなしも愚痴の相手としても期待出来ない。
二人交代制で守る門の幅は10キュービットほど。
端と端でも大声なら話せない距離でもないが、
もともと男は先代の功で起用された成り上がり。
代々門番を担うジルの家から見れば格下だと、
心理的な距離はもっと遠かった。
役人のほとんどは世襲制であり、
戦果によって取り立てられる者もいるが、
それも先王までのこと。
今の王の治世においては長い平和を謳歌している。
いくつもの旧家と新興の者を組み合わせて
持ち回りで職務にあたらせても、馴染むほどの効果は薄かった。
だからこれは独り言だ。
夜は人通りがないといっても、ここまで深い闇を前に愚痴らずにはいられない。
「だいたいよぅ、貴重なオアシスが見つかったかなんだか知らねーが、
偉い奴らは連日宴会でイイよなー。
軍議と称して暖かい部屋で女はべらせて酒を飲んでりゃイイんだからよ」
「そうか」
独り言に返事があって驚いた。
すぐ近くに相手の男が立っていた。
音も立てず、どうやって移動したのかわからなかった。
思ったよりも身長が高い。肩は巌のようだ。
「ど、どうしたんだ…ん?」
男の背後の闇に何かが見えた。
不幸なことにジリは腐っても門番だった。眼も耳も良い。
遠目にも暗いなかに小さな光をとらえた。
真っ黒な布を切り裂くように、光が近づいてくる。
篝火?馬?いやもっと軽い何かが駆ける足音…
ジリが考えられたのはそこまでだった。
頭に衝撃が走る。
かすみゆく視界には血に濡れた剣が。
格下のはずの相手が静かに見下ろしていた。
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