ナワバリ2
自分の体が強化されたといってもナワバリ問題が解決したわけでは無い。
安定した獲物の確保にはこの一帯を自分だけの物にする必要がある。
他の海域に進出する事も考えたが、今は土地勘のあるこのエリアに留まりたい。
いざピンチの時には土地勘が有り地形を良く知っていた方が生き延びやすいはずだ。
俺の縄張りを犯すもの、生かしてはいけない。
が、相手は恐らく小魚だ。
こちらから積極的に探し回っても見つかるのは大抵こちらが先だ。
すぐに逃げられてしまう。
じゃあどうすればいいか?
簡単だ、待ち伏せするのだ。
速度自体は俺の方が早いはずだ。
小回りは小魚の方が上だが、速度が乗れば巨大な俺の方が勝つ。
俺は海底の岩場に隠れてなわばりを犯すコソ泥が来るのを待つ事にした。
ジーッと待つ。
ただ待つ。
…
……
………来た!
俺より小型の魚が一匹で辺りをキョロキョロしながら泳いで来た。
俺の隠密スキルを発動させ、気付かれないように後ろから噛み付いた。
「ギェ」
このまま噛殺してやる。
――待って、待って――
――……お前、同胞か?――
よく見れば、俺みたいに変な容貌の魚だ。
小魚のくせにカジキみたいな一本角が生えてたりヒレが先鋭化してたり。
パーツ毎に見ればありえなくもない。
だが全体で見た場合どうにも歪なのだ。
つまり、こいつは俺みたいに自分で進化する体の部分を選んでいるって事だ。
――お願いだ、助けて――
――俺の縄張りを犯しただろう――
――そんなつもりは無かった――
――言い訳するな――
――ああーーっ!――
尾びれの方に軽く噛み付いてやっただけだが、縄張り荒らしは派手に泣き叫んだ。
流石に殺すことまではしない。
少し痛めつけてやっただけだ。
――これに懲りたら、俺の縄張りを荒らすんじゃない――
――わ、分かった。有難う――
縄張り荒らしは礼を言って去っていった。
しかし、同胞とやらは随分数が多いようだ。
そこらかしこに俺と同じ境遇の動物達がいるってのか?
一度じっくり情報交換でもしてみたいが、今のこの状況じゃあ難しいな……
自分が生き延びるだけで精一杯だ。
---海域調査
競合する雑魚は勿論、同胞ですら俺の縄張りを犯す者達は追い出した。
この辺の海域は制覇したも同然だ。
既に俺に勝てるほど体の大きな奴は居ない。
"肩で風を切る"、ならぬ"背びれで海水を切る"。
そこのけそこのけ、俺が通るぞ。
既に俺の前に立ちはだかるサカナは居ない。
俺は専有した餌場を一人回遊し、好き放題に海産物を貪る。
繰り返されるレベルアップ。
だが、そこには少し落とし穴があった。
食べ過ぎて動き辛い……
でっぷりと太った体は以前より早くは動けない。
一応、俺の肩書というか種族? はアサシンフィッシュという物らしいが……
今の俺はアサシンフィッシュならぬファットフィッシュ(太った魚)かもしれない。
そんなに大きく強くなった俺ではあるが、それでも"ナワバリ"、つまり領地の見回りは一人でやらなくてはならない。
当たり前だ。
俺は畜生なのだから、それも下等な魚類。
ギリギリ脊椎動物という有様。
体温だって変温式だ。
旧式だ、生物として旧式。
遅れている。
もちろん仲間なんて作れない。
コミュニケーションをとって、グループなり作って徒党を組むことが出来ない。
群れることができないのだから誰かの上に立って指示する事も出来ない。
一人、圧倒的一人である。
だから、全ての事を自分一人でやるしかないのだ。
俺と同じく知性を持った同胞は居る。
だが、そうそうそんな奴とは出会えない。
出会えたとしても、いつも戦ったり、殺しあったり、つまりは信頼関係など望めない
状態に陥る。
いや、最初から陥っているのだ。
この過酷な世界。
食うや食わずや、何時死ぬか分からないデスゲーム状態。
そんな環境で出会えたからと言ってすぐに仲良くできるだろうか?
否。
殺し合いや戦いにならなければ良い方だ。
最悪の場合、互いの持つ唯一の財産、その肉体を巡って命のやり取りをする事になる。
食するために、生き延びるために。
そんなこんなで、いまだに俺は一人だ。
恐らくこれからも一人だろう。
---
『レベルが1上がって46レベルになりました』
つまみ食いしてたらレベルが上がった。
既にレベルが上がっても意味が薄いんだよな。
ここらへんに俺に勝てる奴なんていないんだから。
いや、意味はある。
強ければ強いほどまだ見ぬ敵への備えになる。
だが……
ステータス、オープン。
そう念じると
『貴方のレベルは46です』
ヒットポイント 0.80
パワー 0.75
ドッジ 0.50
ラッキー 0.45
ハイディングポイント 高
身体部位
顎 アサシンフィッシュの顎
角 無し
胴体 エビルジョーズの鱗
手足 マウンテンデビルフィッシュの触手
背びれ アサシンフィッシュの背びれ
尾 アサシンフィッシュの尾
この弱さである。
パッと見でザコだと分かる。
いや、実際のところは分からないけど、たぶんこれは弱い!
だって、小数点以下が強いとはとても思えない。
もしかしたら、1に近づく程強いのかもしれない。
もしかしたら実は俺はかなり最強に近い、のかも?
だがしかし、基本的には1より下は弱いはずだ。
俺の持っている"常識"がそう告げている。
恐らく俺はこの世界ではかなり弱い部類に属する。
最近敵無しでやっていけてるのは、恐らくただ単にここらへんに生息する生き物が軒並み弱いからであって、世間様から相対的に見れば俺は弱いのだ。
うーん。
外敵から脅かされない程強くなる状況が俺に訪れる日って来るのだろうか。
自分の今の体に成長限界が来ている気がする。
ステータスの上がり方を見てもお世辞にも上昇率が高いとは思えないし。
そもそもステータス云々の非常識な概念を持ち出す必要もない。
所詮小魚は小魚だ、成長するにしても限界があるだろう。
いくら太っても大きくなろうと俺の正体は"アサシンフィッシュ"という雑魚なのだ。
これ以上いくら頑張ってもこの体のままでは強くなれないだろう。
ミジンコからサカナに進化した時みたいに全く別の生物に変化出来るのならばと頑張って見てはいるのだが……
あれ以来そういった事は起きていない。
俺の変化はここで終わりなのだろうか、そうなると、俺は生涯を魚のような何かで終えることになるのか。
……
うおおお! 嫌だ、嫌すぎる。
一時的な措置だと思い込んでるから深く考えずに済んでいたのだ。
自身の生存が安定してくると余計な事を色々と考えてしまう。
なるべく目の前の作業に集中しよう。
無だ、無心になって縄張りを巡回するんだ。
その時、水の流れの乱れを感じた。
そして恐ろしい"アイツ"が現れた。
アイツはゆっくりと、確実に周囲に脅威を撒き散らしながら悠然と泳ぐ。
なんだなんだ?
海流が乱れている。
かつてないほど。
ものすごく巨大な物が動いている事が分かる。
たまに巨大な岩やら大木等が流れてくることがあるのだ。
おそらく今回もそれだと思ったが、何か嫌な感じがした。
万が一でも漂流物にぶつかって怪我するのは馬鹿らしい。
一応、安全な場所に隠れよう。
既に体が大きくなりすぎてしまった俺だが、
ギリギリ隠れられる程度の海底にある隠れ場に身を潜め、上を見上げる。
すると
な、なんだありゃぁ!?
一瞬、俺の記憶が掘り起こされる。
それは海底を悠然と泳ぐ潜水艦のようにも見えた。
だが違う、生物だ。
巨大生物。
それは龍であった。
めっちゃくちゃでかい。
数十メートルはあるぞ。
まるで何かの建築物がそのまま流されてきたかと思うぐらいでかい。
だが、それは無機物などでは決してない。
自分の意思で動いている生き物だ。
リサーチスキルを使うまでも無い。
絶対に勝てない、見つかったら食われる。
奴にとって俺など戦う相手ですらなく、一飲み出来る手頃な食料に過ぎないだろう。
ガタガタと震えながら奴が去るのを待つ。
試しにリサーチをかけてみたら
『水龍』とだけ表示された。
思うんだが、この能力あんま役に立たないんじゃないか?
名前しか表示されないし。
……でもまぁ、水の龍って属性が分かっただけでも意味はあるのか?
龍って概念だけでとんでもない存在だという事は俺にだって分かる。
絶対に手を出そうとは思わないだろう。
まぁ、使い方次第なのかもしれない。
……水龍が完全に去った後、俺は全速力で水龍とは反対方向に行った。
こりゃのんびり地回りなんかしている場合じゃ無い。
早いところ成長しなければ。
久しぶりに俺の生存本能が刺激されたのであった。
とにかく強くなる方法を探さなくては、このままではジリ貧だ!
『リサーチがレベルアップしました』
『リサーチはリサーチ2になりました』
なんかレベルアップした。
そうか、能力は使えば強くなるのか。