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同胞



 魚卵を見つけた。

 赤い卵。

 

 イクラだ。

 鮭などここらへんで見かけた事など無いし鮭が海で産卵するなども聞いた覚えがない。


 だが、目の前にあるのだ。

 事実があって過程がある。

 結果を前にしては俺の感じた違和感を無意味と化す。

 そもそも、ミジンコが魚に進化する世界で自分の常識と違う事が起きたからと言って気にする必要があるか?



 以前はこいつを美味しく食した記憶がおぼろげながら残っている。

 

 今は美味しいだけじゃない。

 貴重な経験値でもある。


 ラッキーだ。

 無抵抗な経験値ゲット。

 卵は全く反撃してこないわりに経験値が美味いらしく、食べるとよくレベルアップする。

 せっかくライバルが居ないのだから頂かない手は無い。


 頂きマンモス!

 とばかりに食いつこうとすると



 ――止めてくれ、食べないでくれ――


 と、卵から声が聞こえてきた。


 いや、卵が喋るはずないだろう。

 どこかで俺に話しかけている奴が居るはずだ。

 キョロキョロと辺りを見回す。

 

 が、パッと見、ここには俺以外の生物はいないようだ。


 気を取り直して卵を食べようとすると


 ――お願いだ、見逃してくれ――


 と、再び声がした。

 やはりどうも、卵が喋ってるらしい。


 そこでふと俺は思い当たった。


 ……同胞か?


 

 俺と同じ存在。

 いや、まだはっきりしたわけじゃあない。

 恐らく俺と同じ元人間だろう、と推測しているに過ぎない奴らだ。

 



 悩む悩む。


 俺は食べなければ他の生物に殺されてしまう可能性がある。

 つい先日もその恐怖にあった。

 人間だれしも自分が一番大切だ。

 俺だってそうだ。


 食べて自分を強化しなければ次に自分が食われるかもしれない。


 それなのに、こいつらを見逃す理由があるか?

 可哀そうってだけで。


 否。


 ありえない。見逃さない。

 普通なら見逃さない。


 食す。

 問答無用。

 かてにする。

 それ以外にない。


 ……だが、それでいいのか?

 本当に?


 自分は大切だ。

 しかし、それ以上に大切な物もあるんじゃないだろうか。


 矜持きょうじ


 この訳の分からない世界に放り込まれ、ただあくせくと生き延びるためだけに全てを投じるには余りに寂しいんじゃじゃないだろうか。


 少しは美学を持ちたい。

 せめて、目の前で命乞いをしている相手を見逃せるぐらいの強さは欲しい。


 体が畜生に堕ちたとは言え、心までそれに追従する必要はないだろう。

 体はサカナ、心は人間、それでいいじゃないか。


 

 「クェックエッ」俺の喉から変な声が出る。


 小魚が泣くなんてあまり聞いたことがないが、この世界はどうやら俺の以前居たはずの世界とはどうも勝手が違う。

 細かい事に気にしてもしょうがない。


 

 いいぜ、見逃してやるよ。


 ――……有難うございます、この御恩は忘れません――


 行けよ、俺の気が変わらないうちに。

 俺は前足をうねうねさせながら、格好をつけて言った。

 


 ――……卵なのでどこにも行けません、すいません――




 そうだった。

 手も足も出ないから命乞いされてるんだった。






---数日後





 その日はオケラだった。

 何もエサが手に入らない。


 腹が減って死にそうだ。

 ミジンコだった時は腹が減るという概念すら無かった。

 下等生物だったので五感が鈍かったのかもしれない。


 不安になる。

 弱肉強食。

 この世界では腹が減っても誰も助けてはくれない。

 

 いざ自分が弱れば、自分が他者の餌になるだけだ。

 腹が減った、その症状の持つ意味は重い。


 動けないぐらい腹が減れば、待っているのは"死"あるのみだろう。




 ……


 せめて、なんでもいいから口にしなければ。


 無意識の内に今朝助けたばかりの同胞である卵の元へ向かう。



 いや、食べるつもりじゃないんだよ?

 ちょっと様子を見るだけだ。

 よく考えたらもっと話すべきだった、彼らと情報交換出来たかもしれない。

 そんな冷静に考えれば当たり前の発想すら無かった。


 俺も必死だったのだろう。


 情報より、目の前の食。

 食は重要なのだ。


 

 あ……



 卵達が居た場所にたどり着いた。

 だが、そこには何もなかった。



 既に進化が終わって立ち去ったのか、それとも……



 

 「ゲェェェェェェップ」


 確かに聞こえた。

 胃の中にたまった空気が排出される音を。


 見ると、音が聞こえた場所には俺より小さな魚が居た。



 ここは一つ、覚えたスキルを使ってみよう。


 リサーチ。


 『ブリリアント・小魚』

 『ブリリアント・小魚』

 『ブリリアント・小魚』


 俺が念じると、魚達の名前らしきものが頭に流れ込んできた。

 


 ……名前だけ?


 ステータスとか強さに関しての情報は無し?

 なんだか使う意味があるのか無いのか分からないな……


 がっかりである。




 気を取り直してその小魚達を観察する。

 すると



 その口には卵の殻らしき物がひっついている。



 これはもしかしてあれか。

 せっかく見逃してやったのに。

 あの卵、結局俺以外の奴に食われてしまったのか。


 現実は非情である。



 仕方ないので敵を取ってやった。

 小魚は美味しく頂いた。


 

 ブリリアント・小魚とやらも必死に抵抗したが、そこは弱肉強食。

 弱いものは食料となるだけである。

 結果的には間接的にあのイクラの栄養を摂取する事になってしまった。


 

 まぁ、しょうがないよな。

 敵をとってやったという事で納得して成仏してくれ。



 しかし、進化中は危険だな。

 俺も場合によってはあの卵のように他の魚に食われていたのかもしれない。

 次回進化する機会があったら安全な場所を探さなければならないだろう。


 


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