生き延びるために
生きるために何をすれば良いのか。
とりあえず、食おう。
どうやら俺は"レベルアップ"するらしい。
ここが地獄にせよ天国にせよ別の世界にせよ"レベルアップという概念"があるのだ、利用しない手は無い。
生きるためには強くならなければならない。
強くなるためにはレベルアップが必要だろう。
そしてレベルアップするためには食えばいい。
簡単な三段論法だ。
当面、俺の最重要課題は"食べる事"になるだろう。
疑問の余地は無い。
レベルアップしなくなって、食べなきゃ空腹になって死ぬだけだ。
当然、食と言う結論を求める事になる。
『ステータスを確認しますか?』
何だ?
突然機械音声が脳内に響く。
『ステータスを確認しますか?』
『ステータスを確認しますか?』
『ステータスを確認しますか?』
『ステータスを確認しますか?』
うるせぇ。
『……』
黙っていて欲しいと願った瞬間静かになる。
もしかしてこの変な声、自分の意思でコントロール出来るのか?
「キチキチキチ」
喋ろうとするが、まともな声が出てこない。
当たり前か、今の俺は微生物のミジンコだ、人間の発声が出来るわきゃない。
もしかしたら、やっぱり神様が居て、俺に話しかけているのかもしれない。
それならばこの異常な状況にも説明がつく。
何とかこの機械音声? と話が出来ない物か。
よくフィクションだとあるだろ。
"機械だと思ってたら実は人間でした"
うんうん。
よくあるよくある。
そう考えていると、また頭に声が響いた。
『ステータスを確認しますか?』
今度はちゃんと質問する。
おい、ここは何処なんだ?
『ステータスを確認しますか?』
頼む、教えてくれ俺は一体全体どこに来てしまったんだ。
少しでも良い、この状況について説明してくれ。
『ステータスを確認しますか?』
だめだ、取り付く島もない。
『ステータスを確認しますか?』
ええいうるさい。
仕方ない確認してやるよ。
そう考えた瞬間、脳内にブワッと何かが流れ込んでくる。
『貴方の基礎ステータスは……
ヒットポイント 0.005
パワー 0.005
ドッジ 0.005
ラッキー 0.001
ハイディングポイント 最高
です……』
ヒットポイントとパワーは何となく理解出来る。
体力や攻撃力の事だよな?
ドッジってのは恐らくdodgeだよな。
ドッジボールのドッジ。
即ち回避力。
今のところこのステータスがどう貢献しているかは分からんが、わざわざ教えてくれるからには重要なのだろう。
ラッキーってのは幸運……だよな?
こんな場所に要る時点でラッキーが最低なのは理解出来るが、そういう意味ではないように思える。
この体についてどういう作用を及ぼすかは分からない。
まぁ今は考えても仕方ないな。
問題は数字だ。
小数点以下。
どう見ても大きい数字とは思えない。
俺や周囲の化け物の姿を見るに、恐らく自分は極小の生物になってしまったという事が推測出来る。
周囲に水以外何も無いのも、どこまで行っても同じ風景しか見えないのも、つまりは俺が小さ過ぎてずっと同じ場所に留まっているのと変わらないぐらい移動していないからだろう。
うーん。
考えれば考えるほど絶望的な状況だ。
これから先の畜生ライフを想像すると恐ろしいものがある。
いっそ自殺してしまおうか。
危うい考えが頭をよぎる。
いやいや、それにはまだ早い。
それに、何故だか分からないが胸の奥底から沸き起こってくる衝動がある。
――食え、食って大きくなれ――
俺の記憶が一切無い事と何か関係があるのだろうか。
何かが、俺に生き延びろと命令している気がする。
---
とりあえずそこらへんに浮かんでいるプランクトンを捕食する。
どいつもこいつも動きが緩慢だ。
時折思い出したように動くが、何か目的を持って行動しているようには見えない。
なんなんだろうこいつら、食われる事が怖くないのか?
俺は怖いぞ。
……そ、そうか。分かったぞ。
こいつら、なーんも考えてないんだ。
サイズが余りにも小さすぎて、思考する程の能力を持っていない。
攻撃されても、反撃したり逃げたりするところまで考えが及ばないのだ。
恐らく俺のような思考する事は無いのだろう。
俺みたいに頭の中身が人間で体は微生物というのはレアケースなのかもしれない。
俺以外の微生物は凶悪な面構えだが、その正体は文字通りの無能。
アホそのものなのだ。
そうと分かれば怖くは無い。
どんどん捕食して行こう!
もしかして、サバイバルは結構楽勝かも?
---進化
『レベルが10になりました』
『進化する種族を選択してください』
『ファイアミジンコorアイスミジンコ』
へっ?
いきなり何だ?
捕食しつつ、微生物ライフを不承不承楽しんでいると……
機械音声が頭に鳴り響き、
突然目の前に選択肢がポンと。
キラキラしたウインドウのような物が浮かんだ。
やっぱり、まるでゲームみたいな演出だ。
『進化する種族を選択してください』
『ファイアミジンコ or アイスミジンコ』
俺の頭の中の声が急かしてくる。
しかし、ファイアとかアイスってなんだよ……
水の中でファイアとかチャレンジャー過ぎだろ。
しかもどっちにしろミジンコだし。
ミジンコに火も氷も無いだろ、という突っ込みは勿論機械音声にスルーされた。
あいつは俺と会話する気は無いみたいだ。
うーん、悩むな。
進路、それも自分の肉体の話だ。
しかも二者択一、相反した属性だ。
嫌がおうにも悩んでしまう。
しかし、ここはズバッと決めよう。
多分これ悩んでも無駄だ。
情報が無さすぎる。
んじゃあ、とりあえずファイアミジンコ。
"火"を選択。
俺はこんな風な状態になる前にも天邪鬼な性格だったのだろうか。
どうも"水の中で火"、というのが気になってしまう。
そう頭の中の声に返した瞬間
体が沸騰し始めた。
「ギチェチェチェ!」声が漏れる。
熱い!
からだがあっついっ!
燃える、体が燃える!
苦しい。
苦しい。
後悔する。
やはり、罠だったのだろうか。
そもそも俺を最初から進化させる気など無く、手の込んだ処刑方法だったのかもしれない。
畜生、騙された。
のた打ち回る。
水の中で俺は醜い怪物の姿のままのた打ち回る。
……段々と意識が遠くなってくる。
何もわからないまま俺は死ぬんだ。
くそったれ。
---
『進化が完了しました』
暫く経って、俺は目を覚ました。
生きてる?
俺は生きてるみたいだ。
自分の体を見る。
薄赤く光る触角のような手足が目の前にあった。
驚かせやがって。
マジで死ぬかと思った。
どうやらちゃんと生きているみたいだ。
目の前の触手をワサワサと動かすとゆっくりと揺れた。
こんにちは、マイ触手。
これからも宜しく頼むぞ。
っと、獲物発見。
食事タイムだ。
襲い掛かろうとしたその時
『ファイアブラストを使用します』
ボワッ
口から赤い火が飛び出した。
「ギチーー!」
哀れな獲物は悲鳴を上げて茹でミジンコとなった。
すげーなこれ。
これが進化の成果か。
しかしこれではっきり分かった事がある。
この世界は、俺が以前に居た世界とは全く別の世界だ。
記憶が無いにも関わらず、俺はそう強く感じた。