表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

スライム生活



 夜が明けた。


 10時間程だろうか。海辺でそれぐらいの長い時間を体の操作の習得に費やした。

 イメージ的には"生きているゴムボール"だ。

 体を伸縮させ、体をばねのようにして動く。


 思いきり体を縮め、緊張を開放した時に体が元の大きさに戻る。

 その勢いで地面をジャンプ台にして飛び跳ねる。

 ピョンピョンと兎のように飛ぶのは楽しい。

 自分がゴムボールになったみたいだ。


 

 ピョンピョンと跳ね回りながら遊ぶ。


 すると、目の前に昆虫が現れた。

 見た事にない種類だ。

 

 リサーチスキルを使うと


 『G』


 とだけ表記されていた。


 Gってなんだ?


 まぁいい、手軽に取れそうなカロリーだ、狩ってしまおう。

 俺は黒くて素早いそいつを飛んでのしかかり、体重をかけて踏み潰した。


 この体になって初めての獲物だ。

 頂きます!

 

 ……


 ……


 この体、よく考えたらどうやって獲物を捕食するんだ?



 愕然とする。

 食べ方が分からない。

 まさか、この体は食べないでも生きていける生物じゃなかろうし。


 思案していると、踏みつぶしたGがゆっくりと俺の半透明の体に取り込まれていくのが分かった。


 ああ、こうやって食べるのか。


 どうやらスライムの体は口から経口摂取するのではなく、そのままブヨブヨした体で包み込んで吸収するらしい。


 ゆっくりと体に取り込み、酸で消化する。

 体から吸収するので味もそっけもないが、とにかく捕食に成功した。



 カサカサカサ


 んん?



 よく見ると、そこら中に黒光りするGが大量に湧いていた。


 おお、こりゃいいや。

 労せずして大量のカロリーをゲットだぜ。

 

 

 


---



 


 体の操作が上手くいくようになってきたので、海辺のすぐそばにあった巨大な森の中を探索する。


 この森には様々な摂取可能な食物が存在するみたいだ。

 木の根元に生えているキノコ。

 何の実か分からない草にっているイチゴみたいな赤い果実。

 そしてタンパク源となる昆虫類や小動物。


 なかなかカロリー源には困らなそうな場所だ。

 陸上初心者としては手軽に食料を手に入れられる場所に生まれて本当に良かった。


 これが草木も生えない砂漠にでも生まれていればスライムの俺の体だ、あっという間に干からびていたかもしれない。


 



 しかし、さっき捕食したGって奴は何なんだろう?

 俺は記憶の大半が喪失しているのでよく覚えていない。

 何となく良い印象が無いのは確かだ。


 けど、まぁ。

 こうやって食べられるんだから別に良いだろう。

 いいぞ、G。

 弱いし、手ごろな大きさだ。

 そこら中に沢山湧いているのも良い。

 これからも贔屓にして沢山食べてやろう。

 

 俺は黒光りする昆虫"G"を狩りやすい食料として記憶した。


 


 探索ついでに動植物やら小型の昆虫を吸収していると


 『たららった らったー♪』


 突如、ファンファーレのような間抜けな音楽が流れる。


 な、なんだ!?



 『ブルースライムは レベルがあがった!』


 『ひっとぽいんとが 1あがった!』

 『ぱわーが 2あがった!』

 『どっぢが 3あがった!』

 



 随分と風変わりな演出だ。

 それもこれも、何者かの意図なのだろうか。


 よく考えれば、自分自身は結構な変化を重ねてきたが、自分を取り巻く状況についてはまだ何もわかっていない。

 自分が一体どこから来たのか。

 誰の意思でこうなってしまったのか、それとも俺が元人間だと思っているのはただの妄想で、初めからこういう生き物だったのか。


 誰も説明してくれないし、俺はそれを調べる手立てすらなく、

 ただ今日を生きるために必死こいてるだけだ。


 何ともお寒い状況と言えば状況である。


 だが、それでも俺は変化し続けている。

 この状況をしのぎ続ければ、何時かは何かが分ってくるはずだ。

 そう思ってやっていくしかない。





---スライム生活 三日目





 初めての地上。

 初めての森。


 初めての敵。



 「ッシャァァァァ!」


 目の前には、多数の脚を持つ凶悪な生物が居た。


 複数の目を持ち、

 複数の脚を持ち、

 複数の武器を持っていた。


 『リサーチ完了』

 

 『敵の名前はアームド・スパイダー』



 初めてであった敵が巨大蜘蛛。


 こんなん有りかよ。




 ある~日。

 森の中。

 蜘蛛さんに。

 出会った(出会った)



 今日も体の操作練習がてら森の中で何か食べられる物を探そう。

 そう呑気な構えで森の中に入った。


 


 目の前に突然、蜘蛛が現れた。



 いきなりエンカウントである。

 しかも、結構強そう。



 蜘蛛と言っても小さな奴じゃ無い。


 デカイ。

 とても大きい。

 大型犬ぐらいはある。


 そいつは昆虫なんて生易しいもんじゃなかった。


 まるで怪物だ。


 多数の脚で4.5本の剣をガチガチと鳴らしながらこちらに近づいてくる。



 アームド・スパイダーね……

 つまり、武装した蜘蛛。


 無理。

 無理ゲー。


 俺はつい昨日陸に上がったばかりの小物だぞ?

 こんな奴に勝てるわけがない。

 間違いなく俺よりつえーよ。


 『リサーチがレベルアップしました』



 いきなりなんだ?


 『アームド・スパイダー』

 『ヒットポイント 65』

 『パワー 30』



 敵のステータスらしき情報が頭の中に流れ込んでくる。


 どうやら土壇場で俺のリサーチスキルがパワーアップしたらしい。


 秘められた俺の力が覚醒したんだな。

 ありがたい事だ。

 土壇場で新たな力に目覚める、これは主人公の条件だろう。


 だが、覚醒するなら補助的な能力じゃなくて相手をぶちのめす能力にして欲しかった。



 それに……


 俺より遥かに強いなんて事は言われるまでもなく分かってるんだよ!



 「ギショァ!」蜘蛛が鳴く。


 見れば分かる。

 聞けばわかる。


 凶悪な面構えと凶暴そうな鳴き声。

 しかも蜘蛛らしからぬ文明的な装いだ。

 短剣ドス持った蜘蛛に街の中で出会ったらあんたはどうする?

 誰だって逃げる。

 俺だって逃げる。



 とにかく逃げなければ!

 

 思いきりバウンドする。

 森の中を全力で逃げる。

 わき目も降らず、一目散に蜘蛛の化け物から離れようと跳ねる。


 まだ体がおぼつかないが、贅沢は言ってられない。


 話し合いも考えたが却下した。

 道具を扱えるからと言ってコミュニケーションが通じそうな相手ではない。

 

 見た目が完全に"人間を捕らえて残虐にブチ殺す"タイプの凶悪モンスターだ。


 俺がスライムだからと言って見逃すようには見えない。


 「ギシャアアア!」


 事実、叫びながら追いかけてくる。

 友達になりたいって感じの剣幕では無い。



 アームド・スパイダーは俺を完全にロックオンしているらしい。

 1メートルほどの巨体を揺らしながら追いかけてくる。


 


 小熊並みのでかさだ。

 だが、動きは素早い。

 

 小さくすばしっこい俺を正確に追いかけてくる。



 「ギシャッ!」


 ガサガサガサ


 バキバキバキ。

 

 うっ、わざと蜘蛛が通りにくいルートを通って逃げていたのだが、

 結構太い木の枝も自分の武器で掻き分けながら強引に追いかけてくる。

 パワフルな蜘蛛だ。



 くそーこんな所で終わってしまうのか。


 逃げながら、俺は半ば諦めかけていた。


 俺が油断しすぎたのだ。

 陸に上がったことで浮かれていた。

 注意深さが足りなかった。

 その結果がこれだ。

 出会っちゃいけない敵に出会って即アウト。

 

 馬鹿だね、馬鹿スライムだ。

 

 


 「ギシャアアア!」


 すぐ後ろから凶暴な鳴き声と顎をガチガチと鳴らす恐怖の音が聞こえる。


 ああ、もう食われる、逃げきれない。

 畜生。

 南無三なむさん


 アームドスパイダーの食欲が俺に届こうかと思った、その時。



 「ギエッシャアアアアアアアアア!!!!」


 鳴き声というより、悲鳴? みたいな悲痛な泣き声が後ろから響いた。


 何事だ?

 後ろを振り返る。

 だがそこにはアームドスパイダーとやらの姿はどこにも無かった。



 ???



 訳が分からない。

 俺への追撃を諦めたとも思えないが。

 相手はモンスターだ、ガスの元栓を閉め忘れてたから帰宅したというわけでもあるまい。


 その時、


 「ギシャァァァァァ!」


 鳴き声がどこからか聞こえる。



 気になって探してみるとすぐに分かった。

 落とし穴だ。


 奴は落とし穴に落ちていた。


 自然に出来た穴では無さそうだ。


 なぜならば、穴に落ちた蜘蛛は全身を鋭利な物で貫かれていた。


 竹槍みたいな物がびっしりと穴の底から生えていたのだ。

 穴の底で全身を貫かれた蜘蛛、アームド・スパイダーは体中から体液を撒き散らし、ビクビクと痙攣していた。



 安堵する。

 助かった……生き延びた。


 と思ったのも束の間。

 


 「おい、罠にかかったのか?」

 「ああ、獲物のブルースライムを追いかけてたみたいだ」


 「へっへっへ、馬鹿な野郎だ。所詮は虫だな」

 「ああ、これで一匹始末する事が出来た。」


 二人組の男がやってきて、

 罠にかかったアームドスパイダーを見ながら何か喋っている。


 どうやら、俺はこの男達が仕掛けた落とし穴の罠によって救われたらしい。



 「おい、こいつはどうする?」


 人間達は、俺を見る。




 うおお。

 人間!


 とうとう会えた。

 嬉しい反面、恐ろしい。


 「……」


 明らかにこの人間達は俺を好ましい目で見ていない。

 そりゃそうだ、今の俺は怪物なんだから。


 

 うっ……

 もしかして俺、退治されるのか?

 そんなの嫌だ。勘弁してくれ。


 とりあえず『リサーチ』を使って能力を見る。



 『中年男』

 『ヒットポイント 80』


 『中年男』

 『ヒットポイント 75』


 んー。

 強そうだ。

 つまり、例によって俺はこいつらに絶対勝てない。


 随分と古めかしいボロを身に纏っているがその手に持っている武器は本物だ。

 ジェル状のモンスターなど一撃の元に粉砕してしまえるんじゃないだろうか。

 

 


 「このスライム、じっと俺達の方を見て気味が悪いな」

 「殺すか」


 いかん。

 何とか敵意を解かなくては。


 俺はブルブルと震えてアピールした。


 かわいいスライム

 健気なスライム


 見ろよこのつぶらな瞳。

 クリックリのおめめだぞ。

 可愛いだろ。


 俺は必死に愛嬌を振りまいた。


 「ピギィ! ピギィ!」


 歌って踊って大サービスである。



 「なんだこいつ、不気味なスライムだな」


 「寄生虫に取りつかれたスライムは捕食されるために敵の前に姿を現すと聞く、下手に殺すと虫が辺りに飛び散って危険だ。放っておいて村に帰ろう」


 随分と失礼な事を言う。俺は寄生虫なんか飼っちゃいない。



 だがどうやら俺は村人の敵意を消す事に成功したようだ。


 彼らは罠にかかった愚かな蜘蛛の化け物の死体を落とし穴から取り出し、打ち捨てて行ってしまった。



 はーーーーーーーーー。

 ようやく完全に安堵する。

 どうやら本当に助かったらしい。

 


 そして俺の目の前にはアームドスパイダーの死骸。


 棚からぼた餅。

 強い敵から逃げ回っていたら敵が勝手に自滅してくれた。

 俺はどうやら相当なラッキーボーイのようだった。



 いただきます!


 遥かに格上な獲物を、数日かけてゆっくりと消化吸収するのであった。



 『レベルアップしました』

 『レベルアップしました』

 『レベルアップしました』

 『レベルアップしました』

 『レベルアップしました』


 肉を消化するたびにレベルアップの音鳴るのには流石に辟易したが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ