気がつけば微生物
俺の仕事は単純だ。
"食べる事"、それだけだ。
とは言っても、簡単な作業では無かったりする。
何しろ命がけなのだから。
何故ならば、"俺"はとてもか弱い存在だから。
そして、周りには至る所に恐ろしい敵が居る。
日々、生き延びるだけでも偉大な成功なのである。
"俺"が気が付いた時、周囲は水分で埋め尽くされていた。
ここがどこなのか、今は何月何日だとか、そういった事は一切分からなかった。
分かっていたのは、俺の体が極小になっていて、
周囲はとても暗くて、敵だらけだったって事だけだ。
---気がつけば ミジンコ
『ヒットポイントが0.001上昇しました』
無機質なメッセージが俺の脳内に響く。
「何が"上昇しました"だ! 糞が!」
俺は文句を垂れる。
だがそんな事言ってもしょうが無い。
それは理解していた。
ステータスが上昇しただけ有難い事だ。
能力の上昇は貴重だ。
自分にとってプラスになる。
そしてマイナスになる事は無い。
あればあるだけ嬉しい。
それがレベルアップの良いところだ。
それはいい、それは。
ただ一つ、俺が納得いかない事。
それは……
「なんで俺がミジンコなんかにならなくちゃいけないんだよ」
---数時間前
覚醒した時、周囲の全てが青かった。
そして、酷い耳鳴り。
とうとうあの世に来たのか?
そう思ったが、どうも様子が違う。
何故ならば、わけのわからん化け物達が周囲を漂っている。
すぐに気が付いた。
俺を取り囲んでいるものはh2o。
ここ、水の中だ。
俺は水の中に居る!
どういうこっちゃ。
入水自殺した覚えはない。
それに、何故だか息苦しくも無い。
ここがどこで、何故水の中に居て、水の中に入るのに呼吸が出来るのか。
疑問が次々と沸く。
しかし、それに答える者は居ない。
頭がおかしくなりそうだ。
落ち着け俺。
こういう時は素数を数えるんだ。
なんかの漫画でやってたろ、素数を数えると心が落ち着くんだ。
1.2.3.5.7……
1は素数じゃねえや。
よく考えたら数字なんか数えても意味ないだろ。
それより周囲を見る方が先だ、アホか俺。
状況を正しく認識するために周囲を見渡す。
すると、遠くに人影のようなものが……
もしかしたらお迎えの天使かもしれない。
水の中でも息苦しくないのだ、
俺はとっくに死んでいてあの世に来たと考える方が合理的だろう。
あれは天使に違いない。
きっとそうだ。
何だから体が上手く動かない。
もがいて何とか前進し、近づいた。
すると
ふよふよ
フヨフヨ
強烈なご尊顔が目の前にあった。
そいつは天使じゃなかった。
むしろ、怪物と言って良い。
体が透けている半透明な化け物が目の前を泳いでいる。
その生物(化け物)はとても天使には見えない。
透明な体につぶらな瞳。
これだかなら可愛げに見えない事も無い。
ただし、内臓が丸見えだ。
グロい、グロ過ぎる。
想像してみて欲しい。
ホルマリン漬けの臓器を。
あれが目の前に浮いているのだ。
気持ち悪いと言ったらありはしない。
見た目エイリアンみたいだ。
それとも怪獣?
どちらにせよ、自分が天国にいるのでは無いという事は理解出来る。
うーん。
こりゃ大変な事になった。
何が何だか分からないがとにかく大変だ。
どう見ても安全そうな場所に居るとは思えないからだ。
だって
目の前でそのさっきまで天使だと思っていた化け物と、また別の化け物が現れて化け物同士が食い合っているいるのだから。
「キチキチキチ!」
「§¨°Αdギチチfas!!!」
捕食されている化け物は何か声にならない悲鳴のような物を上げている。
化け物同士の殺し合い。
勘弁してくれ。
一体俺はどこに来てしまったんだ。
ここは地獄か?
そっちの方が説得力がある。
どう考えてもここは天国じゃない。
逃げたいが、泳ぐのに疲れて動けない。
しょーがないのでしばらく争いを眺める。
「キチキチキチ」
どうやら完全に勝負がついたみたいだ。
敵を綺麗に食べ終わった化け物は俺を見ながら喉を鳴らした。
やはり、強烈なご尊顔だ。
真黒でデカい眼球に変な触手みたいなのが生えた凶悪な面構え。
完全に化け物にしか見えんぞ。
威圧感あるわ。
やべぇ、俺も食われる。
逃げよう。
いや、命乞いをして見逃してもらおう。
あれ?
でも、死んでるなら命乞いの必要もないのか?
「ギェチゲェチ」喉から変な音が出てくる。
驚いた。
自分の声がとてつもなくしゃがれているのだ。
まともに声が出せない。
これではコミュニケーションが取れないではないか。
しょうがないから化け物に会釈する。
「……」
シーン。
返事が無い。
ただの化け物のようだ。
いや、俺自身声を発しているわけでは無いのだから通じるわけがないか。
「キチキチキチ」
化け物は俺に興味がないのか、
一瞬視線が合った後、すぐにどこかへフワフワと漂って去って行った。
良かった。
食われないで済んだ。
しかし、問題は何も解決していない。
一体何が俺の身に起こったのだろう。
俺は死んだ(と思われる)。
強い痛み。
絶望。
体に大きなダメージを負った。
それだけは覚えている。
だが具体的にどういう自体が自身の身に起きたのだろう。
それを覚えていない。
余程の事が起きたに違いない。
それは今の自分の境遇を考えれば推測出来た。
なんせ、記憶を無くして訳のわからない世界に放り込まれているのだから。
余程の事が起きなければこんな訳の分からない環境にぶち込まれる訳ないじゃないか。
ぐあー。
ありえねー。
俺が一体何をしたって言うんだよ?
いや、覚えてないから悪いことしてたのかもしれないけどさ。
……
なんだこれ。
気が付くと、何か肢のようなものが俺の目の前にあった。
気持ち悪い。
避けようとすると、もじゃもじゃと動いた。
ずーっと俺の目の前にあるけどモジャモジャしてるから海藻か何かかと思ってたんだが、まさか。
……もしかして、これ、俺の手足か?
まじかよ。
良く見ると、俺の手足はさっきの化け物、つまり化け物とほとんど一緒の物だった。
……
あれか?
前世か?
前世の行いが悪かったのか?
俺は死んで、畜生道に堕ちて、その償いをする運命になったって事か?
こんな体なのに思考や意識がはっきりしているのも、畜生になってその生を苦しめという神? の思し召しなのか?
だから、俺はあの化け物と一緒の姿に変えられた。
今はっきりと思い出した事が一つある。
あの化け物、いや、化け物と思い込んでいたあれは見た事がある。
微生物の"ミジンコ"だ。
俺は懸命に記憶を掘り起こそうとする。
だが、思い出せない。
自分の名前すらよくわからない。
ただ一つ分かっている事がある。
何か致命的な出来事が自分に起こったのだ。
そして、気が付いた時には水の中でぷかぷか浮いてた。
それも、義務教育の理科の教科書で見たような微生物、ミジンコとして。
俺は、矮小で脆弱な存在に生まれ変わってしまったのか?
「キィィィィ!」
俺は叫んだ。
叫ぶしかない。
絶望が俺を支配する。
嫌だ、こんなのありえない。
誰か助けてくれ。