第一話:異世界召喚
昼休み、俺はいつもと変わらず教室にいた。母さんの作ってくれた弁当を食べながら、数日前に発売されたゲームソフトについて、友人と語り合っていた。
ーーいつもと変わらない日常。毎日繰り返される、何気ない日々。
それは、その一瞬で無くなった。
突然床が光ったかと思うと、青白い幾何学模様が浮かび上がる。それはだんだん光を強め、そのあまりの眩しさに、俺は顔を両腕で覆った。そして光が一際輝くと同時に、俺は意識を失った。
* * * * *
頬に感じる、冷たくて硬い感触。熱なんて持たない、生き物ではない何か。
閉じていた目を開く。そこに見えたのは、整然と並べられた石畳と、見慣れた制服。どうやら俺は、石畳の上に倒れているらしい。
少し意識がハッキリしてきたので、起き上がり周囲を見回す。俺の周りには、まだ意識を失ってる生徒が倒れている。ざっと見ただけで300人程、もしかしたら全校生徒がここにいるのかも知れない。それと、何故か同じ学校にいたはずの教師の姿がない。今の状況が分からない以上、教師と言う分かりやすい統率者がいた方が安心出来たのだろうが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
そして俺から見て正面には、どこのファンタジー世界だと文句を言ってしまいそうな、立派な城が存在していた。
俺が周囲の観察を続けていると、生徒たちが徐々に目を覚まし始めた。皆、俺と同じように辺りを見回すと、泣き叫んだり、友人を探しにいったり、困惑したりしていた。
と、そこで俺に近づいてくる人物を見つけた。一応手を上げてみると、向こうも同じように返してくれた。
「ここにいたのか透弥。探したよ」
「よう、親友。さっきぶりだな」
こいつの名前は藤山優太。昼休みに一緒にいた、俺の唯一の友人であり、親友だ。
俺とは違い社交的で、生徒にも教師にも信頼されており、生徒会にも所属している。成績も良く、運動も人並み以上。身長も平均よりは高く、優しい性格と容姿の良さも合わさって、上級生同級生下級生問わず人気がある。
そんな奴の親友を何故俺なんかがやっているかと聞かれたら、素直にそう頼まれたからだと答える。いや、実際いつだったかこいつに「これから親友って呼んでね!」などと言われたのだ。そして、そう呼ぶまでこいつは俺と一切話してくれなかった。結局、1週間くらいで友達のいない俺が寂しさに耐えかねて折れたのだ。以来、俺は優太を親友と呼んでいる。
「うん、さっきぶり。ところで、ここが何処だか分かる?」
「いや、俺にもサッパリだ。多分日本じゃないだろうとは思うけど」
「ああ、やっぱり透弥もそう思う?実は僕もなんだ。日本には、あんな西洋風のお城なんてないもんね」
そう言われて、もう一度城の方に目を向ける。
見事に左右対称で、縦も横も俺たちの学校以上の大きさだ。壁の色は白で、屋根みたいな部分は赤。城中央の天辺に、国旗だろうか、横長二等辺三角形の旗がたなびいている。
一方、俺たちが今いるのは城に続く石畳の上。正面には城があり、当然後方には城門がある。城門は高さが10メートル程で、現在はしっかりと閉まっていた。
と、視線の先にあった城の扉が開き始めた。
中から出て来たのは、鈍色の鎧を着た騎士の様な奴が20人程と、そいつらとは違う輝きを放つ白い鎧を着た騎士1人、そして黒いローブを纏った老人が1人。
さらに遅れてもう1人、こっちはまるで物語のお姫様が着るようなドレスの少女だ。
生徒全員が自分達へ顔を向けたのを確認したのか、少女が一歩前に出る。
「異なる世界より来たりし、勇者様。ようこそおいでくださいました」
鈴の音が鳴ったような美しい声が、頭の中に直接響いたことに驚く。少女と俺とは、優に30メートルは離れている。その距離で、張り上げたものではない普通の声が聞こえたのだから、当然だろう。
更に、少女の口から出た言葉ーー異なる世界や、勇者といった単語ーーにもだ。それが表すことは即ち1つ。
隣を見れば、優太も目を丸くしている。どうやら同じ結論にたどり着いたようだ。
ーーどうやら俺たちは、異世界に来てしまったらしい。
「私は、このリリトア王国第一王女エルニア・ソル・リリトーン。突然このような場所へ連れてこられて混乱していることと思いますが、そのことも含めまして、我が父よりご説明がございます。どうか皆様、私の後をついてきてくださいますよう、よろしくお願いいたします」
そう言って少女ーーエルニア王女は静かに頭を下げた。