表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

プロローグ

「『人間は差別と偏見の塊で、傲慢の化け物で、優越感の化身である。人間の行動原理は三原則に基いている、と。一に、損得勘定。二に、自己保身。三に、承認欲求。ふむふむ、我輩はそれが事実であるかどうかを検証をしたい。だから少年少女よ、今から殺されたり殺したりしてね。戦争を、闘争を、死力の限りを尽くして楽しんじゃってくださいな! そんじゃ、頑張って」

 傲慢極まりない発言をしたそいつは、自分のことを神様と言った。そして俺たちに過酷で残酷な現実を突き付けてきたのであった。



 満天の星空の中、白く冴えた月がぽっかりと浮かんでいる。冷たく乾いた夜風が頬を撫で、眼下の草むらからかすかに虫の声がする。俺は屋根、というにはお粗末な、かと言って屋上というには手狭すぎる場所に胡座をかき、冷たく澄んだ夜気を吸い込み、綺麗な夜空を眺めることで緊張で強張る心身を落ち着かせた。

 長袖とはいえ、今は日もとっぷり暮れた夜だ。ブレザー一枚で外に出るのは些か心許ない。こっちの世界の気候は、とにかく春ではないのだと認識した。元々俺たちがいた世界では、やっと桜の花弁が散り終わったというのに。

 そんな益体もないことを考えつつ、ふと手元に視線を落とせばそこにあるのは無骨で硬質かつ光沢のある武器。所謂、アサルトライフルと呼ばれる代物だ。指で銃身をなぞれば金属特有の冷たい温度が伝わってくる。

 どこにでもいる凡庸な男子生徒が所持するには、荷が重いと言うか分不相応と言うか。ごく普通の退屈な日常を送っていればこんな物は触ることすらできないので、そう思えば少し得した気分になる。

 そう思うことで、自分はこの異常な現実から逃避しようとしているのだろう。

「春夏冬くん、敵の数は?」

 室内へと繋がる梯子を登ってひょこっと頭のみを出した雨宮が、詰問するかのような口調で問い質してきた。自然と上目遣いになるのだが、向けられた眼光は途轍もなく鋭いので、多少ビクつきつつ答える。

「……あ、ああ。えー、北にざっと十五体ってところか。確認できる限り、そんなところだ」

「ざっと、ね。……春夏冬くん、あなたはこんな簡単な仕事すら満足にこなせないのね。ここまであなたが使えない人間だったなんて、予想外だわ」

「そうですか……」

「気を悪くさせたようなら謝るわ、ごめんなさい。これは私の人選ミスだから。落ち込んではいけないわ、というより気を落とされるとむしろ迷惑よ」

「お前、慰める気ないだろ」

「ええ、ないわ。あるわけないじゃない。今から自分が死ぬのかもしれないのだから」

 平素と変わらない冷たい表情で、雨宮雨音という名の少女は呟いた。抑揚の薄い硬質な声音に寒気がした。その声が、言葉が、現実を否が応でも認識させる。もしかしたら意図的に淡々とした口調で告げたのかもしれない、この女ならやりかねない。

 漆塗りのような艶のある漆黒の髪は、青白い月明かりを浴びて濃紺色に見える。不意に雨宮は上半身を捻って後方を見詰める。その動きに合わせて癖のないまっすぐな髪がさらりと揺れて、かすかに清冽な香りが漂った。こんな状況で女の子の匂いを嗅ぐなんて、俺はどれだけ現実逃避をしたいのだろうと口の端に自嘲の笑みを刻む。俺もその動きにつられて前方を見据える。

 視界の先は冷酷な闇に閉ざされ、見通しが悪い。その暗闇の中で二桁に上る赤い輝点が悍ましく輝き、俺らを見上げている。その光点はじりじりと、しかし着実にこちらとの間合いを詰めて来ていた。彼我の距離は五〇〇メートルをそろそろ切りそうだ。距離的に考えて聞こえるはずもない足音が、鼓膜を不気味に揺らした気がした。

 死神、なんて単語が脳裏を過ぎり全身が総毛立つ。傍にいる雨宮が喉を鳴らす音が静かに聴覚を刺激した。急速に空気が張り詰めていくのを実感する。目の前のこの女も平静を装っているだけなのかもしれない。

「総員、戦闘準備」

 くるりと体を翻すとするすると慣れた所作で梯子を降りていった雨宮の落ち着いた声音からは、恐怖や焦燥や気負いなどのマイナスの感情は感じられない。なんて気丈な女なのだろうと感服し、負けてはいられないと自身を叱咤する。

 再度、ちらりと視線を敵勢に投げかける。ルビーのように煌めく光点は死神のまなこ。その鮮血のような朱色は、まさしく烈火の如し。

 直後、敵集団の先頭の一体と視線が交錯した気がした。血の大河のように赤々しい両眼が妖しく光ったように見えた。その瞬間、俺は血液が凍るような悪寒を味わった。そして満を持して開戦の火ぶたは切って落とされた。

 一斉に大気を震わす獰猛な雄叫びを上げた『ゾンビ』共は、地響きを立てながら猛然と突進してきた。密に茂る下草が無残に踏み散らかされ、土塊が慌ただしく跳ねる。

 それと同時に俺は軽やかに梯子を滑り降りて所定の位置につき、銃の安全装置セーフティを解除。遊底スライドを引き、弾丸を発射可能にする。続いて銃床を肩付けして引き金に指を添えた。

 するとそれを皮切りに、両側で同じく銃を構える戦闘準備の騒々しい音が鳴った。俺の右隣に陣取る雨宮は眦を鋭くして、端正な顔立ちに敵意を滲ませながらも冷静に敵軍を照準し、強い語調で声高らかに宣言した。

「総員、攻撃開始! 敵を殲滅しなさい!!」

 今ここに、神様の気まぐれを発端としたデスゲームが幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ