72.クミシェル-2
駆けだしたエルザの速度に合わせて、間合いを保ちつつ後退。
投げつけられたナイフを傷つけないよう注意しながら早々に叩き落とす。
穂先を返して逆に持った短槍で、少しずつ攻撃を速くして反応速度を測る。
「――へえ」
「ふッ……!」
けっこう速いな。
じゃあ、対処できる限界近いスピードで畳みかけ――。
「っ!?」
「いきます、よっ……!」
防御を考えず捨て身で突っ込んでくるエルザ。
槍を受けて崩れた体勢のまま、強引に肉薄してくる。
咄嗟に両手に持ち替えた短槍で受けると、勢いの乗った斬撃はナイフとは思えないくらい重かった。
いつのまにか攻守が逆転してるな。
防御に徹するってことがないからか、リーザと同じようにはいかない。
一心不乱に振るわれるナイフを防ぎつつ、その視界の端に収まるように風弾を生成。見やすくなる程度に黒炎も組み合わせる。
まぐれじゃ避けられないくらいのサイズに調節。さて、気付くかな?
当たったら吹き飛ぶくらいの魔力を込めて弾を放つ。
果たして、エルザはあっさり風弾を躱し攻撃を続けた。それから数合ほどで大きく飛び退る。
「なら、これで!」
「お、速い!」
大きく身を撓めたエルザの総身に力が漲る。
これまでの比じゃないスピードで迫る姿はまるで自らを一つの弾丸に昇華させたかのようで、常人なら思わず竦みそうな迫力があった。
真正面から槍で受けると、身体が浮き上がるほどの衝撃。
直後、甲高い音を立ててナイフが砕け散った。
エルザの動きは一切鈍ることなく、空いた手で槍を押しのけ残るナイフを一直線に突き出してくる。
「はぁッ!」
「え、まだ続けるの!?」
思わず出た声も聞こえてないらしい。
槍を回転させて掴む手を振り払い、その動きでナイフも弾く。
まぁ頃合いかな。
適当なところで切り上げないとエンドレスになりそうだし……。
両手を弾かれた隙を埋めるような頭突きを躱し、僕はそのまま後ろに跳んで距離を取る。
「『碧掌』!」
「くっ!?」
駆け出そうとしたエルザの真上から強めに風を叩きつける。
きちんと動きを抑えられているのを確認し、僕は槍を収めた。
なんとか動こうとしていたエルザも少しして大人しくなる。
「うー……参りましたー……」
「お粗末様でした」
……あれ、なんか言葉のチョイスを間違えた気がする。
でも、こういう時ってなんて言えば良いんだろ?
とにかく魔法を解くと、エルザはくたりと地面に座り込んだ。
「はぁ……あんたたちって、本当に強いのねー」
「そこは積み重ねてきたレベルがあるから。ちなみにエルザはどれくらい?」
「71ですー」
「そういえば、僕が人里に降りてきたのもレベル70になってからだったな」
確かベル曰く「レベルが60もあれば人間に後れを取るようなことはまずないだろう」だっけ。
70ってのは安全マージンとか言ってた気がする。
……エルザって、実は半端なく強い?
元は戦いなんかと無縁なメイドってこともあって、まだ技術面に伸びしろがありそうだけど。




