17.黒龍の洞窟-5
「ふえぇ……」
「……ナナ?」
洞窟に戻ると、台所で半べそのナナがお腹を鳴らしていた。
周囲ではかつて食材と調理器具だったと思われる諸々が酷いことになっている。
……ナナ、料理できなかったのか。
確かに手の呪いが解けた後も料理とかしてるの見たことなかったけど。
サーシャがナナを風呂に連れて行き、僕は痛む身体を引きずりながら台所の掃除をしたのだった。
夕食を食べながら話を聞くと、一昨日ベルが洞窟を出て以来ナナは飲まず食わずだったんだとか。
料理を習いたいと意気込むナナに手伝ってもらいつつ倉庫にあった薬とかで傷の治療をしていると、ベルが帰ってきた。
「戻ったぞ」
「お帰りです~って……ベル、さん……?」
「……ベル!?」
「な、何があったの!」
迎えに出た僕らは、有り得ない光景に息を呑んだ。
いつもと変わらないのはその態度だけ。
全身に深い裂傷が刻まれ、片腕はほぼ炭化している。顔の左半分は真っ黒に染まっていた。
黒龍だから血も黒いとか、そんなこと今はどうでも良い。
「狼狽えるな、掠り傷だ」
何でもないように言ってのけると、ベルは影の中に姿を消した。
「……本当に大丈夫なの?」
「ああ。この後の為に敢えて最低限の治療しかしていないだけだ」
「見てる方が辛いんだけど。えっと……何があったの? それと、この後って?」
「魔王だ」
え、それってベルのポジションじゃないの?
――じゃなくて。
魔王ってそんなに強いの!?
この世界、詰んだ?
「……どういうこと?」
サーシャの質問に対しベルが説明した魔王像は、前世の知識からすると割とありがちなもので。
その分、性質の悪いものだった。
・妖魔の親玉で、世界に満ちる悪意の化身。ベルの生まれる前にも何度か現れていたらしい。
・大陸の北の遠洋に現れた島を拠点にしている。
・敵の悪意を写して力に変える。
つまり、悪意を僅かでも抱いた状態で挑むと自分の戦闘力(技量・経験含む)は魔王にそっくり上乗せされることになる。
「ベルと戦ったってことは、その魔王いま半端なく強いんじゃ?」
「今の魔王は生まれたてだから力のコピーは一時的なものだ。それに島から出ることもできん」
「ど、どうするんですかぁ……?」
「『禍の運び手』の我を上回る脅威である魔王の出現とその特徴を、主な大国に告げに回る。その為のこの姿だ」
……二つ名からして人間には畏れられているだろうに、なんで傷ついてまでそんなことを?
疑問が顔に出ていたらしく、ベルは血塗れの顔に微笑を浮かべた。
「人間という種族で見れば助ける理由など無いが……。それでも、師や友への義理があるからな」
そう言われれば、咄嗟に返す言葉のあるはずもなかった。
翌朝、ベルは国巡りに発って行った。
身体に違和感を感じ、僕は遅まきながらステータスを確認してみる。
名前:ケイ
種族:カースブレイズチキン
Lv:91
……まだニワトリ?
どうも進化はレベル以外にも条件があるみたいだ。
変化といえば……。
ニワトリの時の身体が更に大きく強靭になったり。
サーシャも使ってた呪い属性を獲得したり。
普通の鳥みたいに空を飛べるようになったり。
……ホント、なんでまだニワトリなんだろ。
今日もいつものように鍛錬を一通りしたところで、もう自由に外出して良かったことを思い出す。
「ちょっとリティオまで行ってくる。夜には帰るつもり」
「……分かった」
サーシャに声をかけると、僕は洞窟を出てリティオに向かった。
魔王、ようやく出現です。
勝ったとはいえ、黒龍の襲撃は彼に大きなトラウマを刻んだとか……。




