第7話
第7話
狭いコンクリートで囲まれた場所から、一気に明るく開けた場所に移動させられた。
着いた先は青々とした芝生がはられた、広い闘技場であった。
巨大な楕円形の闘技場を彷彿とさせる広場は、バトルスーツの2倍ほどの高さの煉瓦で出来た壁に囲まれていて、その壁の上には観覧席が設けられ、立錐の余地もないほどの観客で埋め尽くされていた。
会場内には、レイラたちとその対戦相手のチーム名が放送されていた。
レイラたちのバトルスーツは、壁を背にして内壁の間隔の長径に対して3分の1ほどの距離に位置していて、対戦相手は向こう側の壁から同様に3分の1ほどの位置に立っていた。
両者間は長径を3分割した位置に対峙していることになる。
その中央部分には4方向を向いた大きなシグナルが吊られていて、赤く丸いランプが点灯している。
そのランプの下にある細長い白色の点滅が段々と下へと下がって行き、一番下の青く丸いランプが点灯した。
いよいよ、バトルスタートである。
レイラは数歩分後ろへ下がったかと思うと、立膝をして照準を相手のバトルスーツに合わせた。
ピエールもレイラの考えを察知して、膝のロケット弾のスイッチを照準が相手に重なった瞬間に押す。
模擬ペイント弾が膝から発射され、弧を描いて放物線上に相手に向かって行く。すかさずそのロケット弾を追うように、勢いよく走り出した。
ペイント弾は簡単に相手が左手に装備している盾に弾かれてしまう。
盾は真っ赤なペイントに染まったが、採点上はダメージなしである。しかし、その瞬間距離を詰めてきたレイラたちのバトルスーツは、右手に持った剣を振り下ろしてきた。
バトルスーツが持つ武器は、通常はそのサイズに合わせたマシンガンやバズーカの飛び道具が多いのだが、大きな剣も認められている。模擬戦である為、銃器はペイント弾使用だが、剣はそのまま使用でき、人が乗っている胴体部分以外の攻撃を認められている。
振り下ろされた剣は相手の盾の表面をかすめ、右手に持っていたマシンガンの先端を叩き切った。
奇襲で相手の武器の破壊に成功したのである。
返す刀で、盾を持っている左腕を肩口から切り落とし、次の一撃で左足をひざ部分から切り取った。相手のバトルスーツはバランスを失い、崩れ落ちてしまった。戦闘不能である。レイラチームの勝利だ。
勝利が会場の放送で告げられ、レイラはバトルスーツを先ほど上がってきた位置にある、点滅している円の部分に戻した。バトルスーツは床ごと下へと降りて行き、先ほどのNo.10の柱の前に到着した。
「やりましたねえ。圧倒的勝利だ。敵は何もできませんでしたね。」
ピエールの胸は快勝の快感に踊っていた。
「いや、圧倒的な武器性能の違いを払拭するための、捨て身の奇襲作戦だ。
相手が持っていたマシンガンは1分間に千発もの弾丸を発射してくる高速連射タイプだ。
あのようなもので狙われたら、とても避けきれんし、近づくことさえままならなくなる。
仕方がないので敵が攻撃する前に先制攻撃を仕掛けたという訳じゃ。
たまたま成功したが、次もうまいこと行くとは限らん。」
レイラの表情には、明るさは全く感じられなかった。
「元々、バトルスーツの技術者養成の専門学校生の熟練度を図る目的で開催された競技会だから、学生たちの手作りでの工夫による改善のお披露目の場としての風潮が強かった。
だから、ギア比を少し変えて最適化を図ったり、ちょっとした創意工夫でスーツの能力を強化していったものじゃ。しかし、先程のチームの武器を見る限り、本気で勝ちに来ていることがうかがえるのう。」
レイラは悔しそうに下唇を噛んだ。
「でも、レイラ姫の設計によるこのバトルスーツの性能は、相手を上回っているのでしょう?
負けませんよ、絶対に。」
ピエールは真剣なまなざしで、レイラを励ました。
「先ほどの戦闘で分かったが、スピードにしてもパワーにしても、向こうのバトルスーツより少しは上の性能であろう。
問題は武器じゃ。相手の最新兵器の攻撃をうまくかいくぐって、行かねばならん。」
「大丈夫です。頑張りましょう。」
「ああ、国で待っている家臣たちや民たちの為にも、是が非でも優勝して帰らなければならん。
絶対に負けるわけには行かんのじゃ。」
レイラのモニターを見つめる瞳には強い決意が伺えた。
2回戦目は、相手が長い銃身のライフル銃を構えていた。バトルスタートの合図とともに、今度は相手側が素早く後ろへ下がり、距離を置いて対峙する。
そうしてすぐに、レイラたちのバトルスーツに向けてライフル銃の照準を合わせてきた。剣の届く範囲外から攻撃を仕掛けてくるつもりのようである。
まず先制攻撃は向こうのライフルであった。爆音にも似た銃撃音が届くよりも早く、左手に構えていた盾に赤いペイントが飛来し弾け散った。かろうじて盾で防ぐことが出来たのである。
その攻撃を合図に走り出し、レイラは照準を合わせられないように、ジグザグにしかも不規則に曲がりながら距離を詰めて走って行く。
一気に距離を詰め、立膝で構えている相手の左側面に回り込むと、向こうが構え直すよりも早く剣を振り下ろす。
両手でライフル銃を構えているので、盾のガードがない相手は、ライフル銃ごと右手を剣にて叩き切られてしまった。すぐに相手のバトルスーツの顔の部分から白旗が飛び出し、降参の合図だ。
3回戦目の相手は、ライフフル銃よりは短いが白く細長い銃身の銃を携帯していた。この相手も、先ほどの2回戦と同様な戦い方であろうとピエールは踏んでいたのだが、違った。
「まずい、レーザー銃だ。出力を最小に弱めていて、レーザーマーカーほどの威力しかないが、大会ルールではマーカーが当たるだけで銃撃されたことになる。」
レイラは後ろへ下がると、競技場の壁に沿って大きく回りだした。
3分の1ほど右方向へ走ると、今度は逆方向へ走る。
そうかと思うと、今度はジグザグに走り出し、動きに一定性がない。
相手に進行方向を予測されないよう注意して動いている様子だ。
そのような動きを繰り返し、相手の銃の照準合わせの動きが緩慢になりつつあるとき、4分の1ほど近づいたところで、レイラはバトルスーツを大きく屈めた。すぐ正面に相手のバトルスーツがある。
ピエールは阿吽の呼吸で事態を理解し、両足の踵にある火炎放射のスイッチを押した。
同時にレイラはスーツの両足を一気に伸ばし、火炎噴射の圧力でバトルスーツは競技場の内壁の上端を越えるくらいまで舞い上がった。そうして一気に相手のバトルスーツの目の前まで飛んで行く。
上空から舞い降りてくるレイラたちのバトルスーツに、照準を合わせようと慌てふためいている相手を一刀両断する勢いで振り下ろされた剣は、着地と同時に相手の頭部分の半分程度まで食い込んで止まった。
頭部分の電装からバチバチと火花が飛んでいるのが見える。
同時に、会場中央上部にあるシグナルランプの青色が消灯し、赤色が点灯した。判定勝ちである。
ついにBブロックの決勝戦(実質の準決勝)まで到達したのだ。
「やりましたねえ。ついにBブロック決勝ですよ。
これに勝ち抜けば、後はAブロックの勝者との決勝戦を残すのみです。もはや、貰ったようなものです。」
ピエールは鼻高々であった。
「いや、Bブロック最後の相手は私の師匠ともいえる恩師じゃ。
バトルスーツの構造の基礎から教えていただいた方なのじゃ。
学校へ行けなくなった後も、その教えを実践して改造の指針としていたのじゃ。
今までと違い、バトルスーツの能力差で勝てる相手ではないだろう。
いや、向こうのスーツの方が上かも知れん。」
レイラにしては、いつもと違いずいぶんと弱気な発言である。
しかし、その不安は的中した。Bブロックの決勝戦の相手は、それまでと違い剣と盾を構えていた。
レイラたちのチームと同じである。
つまり、バトルスーツの性能に自信を持って、純粋に剣技で勝ち抜こうと考えているようだ。油断ならない相手に見える。
「判りました。私も少しバトルスーツの動きというものに慣れて来たので、ちょっと役割分担を変わりましょう。」
相手の装備を見るなり、ピエールは席のシートベルトを外してレイラの方へと迫ってきた。
青ランプが点灯し、バトルスタートの合図とともに、相手のバトルスーツは一直線に向かってきた。かなり速い!
機先を制されもたつくレイラたちは、少しぎこちなく後ずさりをしてから、相手が勢いよく振り下ろしてくる剣を右手の剣で受け止める。
体重を乗せて切り込んできていたので、恐らく盾で受け止めていたら、盾ごと左腕を持っていかれていたであろうと感じるほどの衝撃だ。
つばぜり合いをしながら相手の体との間に盾を挟み込み、両手で相手を勢い良く弾き飛ばす。
相手も相当なパワーだが、レイラたちも負けてはいない。その勢いで数歩前へ出ると、今度はレイラチームのバトルスーツが大きく振りかぶって剣を振り下ろす。
相手は辛うじて体に当たる寸前に剣で受け止め、体重を乗せて押し返してくる。一進一退の攻防戦だ。
何度も剣を合わせたが、お互いに隙を見せずこう着状態で、簡単には決着はつかないかに見えた。
しかし、相手の剣が勢いよくレイラたちの頭上から振り下ろされる瞬間、刀で受けずに左手の盾で斜めにいなすように受け止め、次の瞬間開いた相手の懐目がけて剣をふる。
相手の盾ごと左手を肘部分から叩き落とし、返す刀で右手も手首部分から切り取る。
その勢いで剣を握ったままの右手首は、競技場の半分近くまで吹き飛んで行った。
レイラたちのチームの勝利である。
しかしレイラたちのバトルスーツも盾は半分に割れ、左腕は肘の部分が削られて内部の配線が見えていた。
恐らく修理しなければ左腕は動かないだろう。
「いやあ、やりましたね。最後は勝負を速めるために捨て身の戦法を使いましたが、仕方がなかったですよね。」
レイラの背中から覆いかぶさるようにしているピエールが、ほっとしたように漏らした。
丁度二人羽織りをしていたかのような格好だ。
相手との剣での戦いになると踏んで、剣技に秀でたピエールが両手の動きの担当を果たしたのである。
両足の操作はアクセルとブレーキで加速と減速するのだが、複雑な動きをする両手部分は、レバーを操作してそのまま自分の両手の動きをバトルスーツに伝えるのだ。
本来ならばスーツ自体の操作をピエール一人で行えばいいのだが、バトルスーツ素人のピエールではスムーズに動かせない。その為、動きを伝えるだけの両手部分のみをピエールに任せて、下半身や胴体部分の動きはレイラが担当したのである。
ただでさえ狭い操縦席に2人掛けして、ピエールの股の間にレイラが座って操縦するという、何ともうらやましい格好で操縦していたのだ。
ピエールは戦いが長時間に及ぶと、今にも鼻血が出そうなくらいにのぼせている自分が危険と判断して、捨て身の作戦に出たのである。
彼はこのままの状態でずっと居たいという気持ちと、この状態が長く続くと心臓が持たないという現実を天秤にかけ、不本意ではあるが席を立ち定位置である足の武器担当の後ろの席に戻った。
待機場所の地下の柱の前に到着しても、レイラは胴体部分の扉を開けずに、そのまま待機していた。
不思議に思ってピエールが尋ねる。
「左腕は修理しないのですか?盾も交換しなければいけないと思いますが・・・。
もしかして修理部品とか予備部品を持ってきていないとか?」
ピエールは荷馬車の中の荷物を思い出していた。電装部品が主であり、確かに補修部品は入っていなかった。
「この競技会では、それまでの戦闘の履歴も含めて勝ち抜いて行かねばならんという事で、途中での修理を認めておらんのじゃ。だから、最初から補修部品は持ってきておらん。
光球の調整用の電装部品を持ってきただけじゃ。おかげで荷物が少なくて済んだがの。」
レイラは平然と言ってのけた。
そうすると、盾もなく、動かない左腕でAブロック勝者と戦わなければならないことになる。
恐らくAブロックはジェノバが勝ち抜いてくるであろう。しかも無傷で。
ピエールは、決勝線はかなり不利な戦いになることを覚悟した。
相手の武器にもよるが、もう一度両手を担当して、剣技で圧倒しようかとも考えて、鼻血対策として鼻にティッシュを詰める算段もしていた。
決勝戦の闘技場に出ると、やはり対戦相手はジェノバのチームであった。
向こうのバトルスーツは大きめのマシンガンを手にしている。
左手には大きな盾を装備していて、スーツのどこにも傷一つ入ってはいない。
恐らくペイント弾による模擬戦のみを勝ち抜いてきたのであろう。
剣での戦いを制してきた、レイラたちチームとは大きな差がついているのは明らかだ。
「どうします?また私が両手を操作して剣技で圧倒して見ますか?
右手だけでも十分に戦う自信はありますよ。」
ピエールはティッシュの箱を片手に、レイラに提案してみた。
「いや、大丈夫じゃ。あのマシンガンはそれほど強力なものではない。
左手が動かないと言ったって、肘から先だけじゃ。盾も半分残っておる。十分に戦えるぞ。」
レイラは、今度は自信ありげに答えた。その為ピエールは足の武器の操作に専念することになった。
赤色のランプが青色のランプに変わり、バトルスタート。ジェノバのバトルスーツはマシンガンを連射。
レイラは冷静に半分の大きさになった盾で、そのペイント弾を全て受け止めている。
肩の動きと体の動きを重ねて、弾着位置に微妙に合わせて器用に操作しているのである。
バトルスーツの性能もさることながら、レイラのこの操縦技術も、他の参加者を圧倒しているのではないかとピエールは感じていた。
そうしながら間を詰めていき、闘技場の半分ほども進んだところで膝を曲げて停止する。
一瞬何のことかわからなかったが、レイラが催促のようにピエールの方に少し振り向いたことを確認して、ピエールは膝のロケット弾を発射。しかし、その方向は相手のバトルスーツのはるか上を狙っているのだ。
ほぼ真上に発射されたロケット弾は、最高点まで達して落下してくるが、その先はジェノバの乗るバトルスーツの位置にピッタリ照準があっているようだ。レイラは一気に加速して一直線に駆けだす。
敵が撃って来る弾着は、全て顔の前に掲げた盾に当たっているだけだ。
そうして間を詰めると、相手のバトルスーツが頭上から落下してくるロケット弾に気を取られ、それを避けて横へと躱した瞬間に、一気に剣を振り下ろしてマシンガンと盾ごとスーツの両腕を切り落として見せた。
会場中を大きなどよめきと歓声が包み込む。優勝候補のジェノバチームを破ったのだ。
いくつもの空砲や花火が上がり、場内を無数の紙吹雪が舞った。
優勝だ!
ピエールとレイラは狭い操縦席の中でハイタッチをして喜んだ。