第6話
第6話
いよいよ待ちに待った競技会が明日に迫ってきた。
この日ばかりは戦略兵器であるバトルスーツもマーカー国へ運び込めるので、バトルスーツをホバーカーの後ろにつけられた荷車に積んで二人は国境へと向かう。
「ピエールが一緒で、本当に良かった。ホバーカーの運転の為に、国境警備の兵を使う訳にもいかず、近衛隊隊長にお願いすることを予定していたことはいたのだが、奴はあれやこれやと口うるさいものでな。
道中をいかに過ごすか、考えあぐねていたところだった。」
ピエールの運転する荷物運搬用のホバーカーの助手席に乗り込み、レイナは上機嫌であった。
いつもは厳格に荷物の検査をする警備兵も、競技会出場の資格証とバトルスーツを見せるだけで、形式上の外回りの検査をするだけで通してくれた。
バトルスーツの構造に関しては一切詮索しないという約束で、他国からの参加も呼び掛けている手前、X線検査など大掛かりな検査は実施できないのであろう。
二人は程なくマーカー国王宮の城下町へと到着した。
きれいにコンクリート舗装された広い道路は、馬車の通行がスムーズで、ひっきりなしに行きかう馬車は猛スピードで闊歩していた。ホバーカーを扱えない、一般民衆の交通手段は、今でも馬や馬車が主流なのだ。
歩道には溢れんばかりの通行人が行きかい、路上へはみ出すように並べられた店の商品に足を止めて眺めている。
かなり大きな街のようで活気にあふれている。それは、競技会を明日に控えて、他国からも人々が集まってきているせいだけではなく、日常的なものだと感じさせた。
町の中央公園へと着くや否や、レイラは荷物の梱包をほどき始めた。
ピエールも一緒に手伝って、バトルスーツを固定しているロープを外していく。そうしてからスーツの腰部分のスイッチをレイラが操作すると、スーツはゆっくりと起き上がり、胴体部分の扉を開いた。
「もう光球は反応して稼働しているのですね。一体どうして。」
王族に反応して光球が稼働して初めてバトルスーツが動き出すはずなのに、なぜ王宮でもない広場で光球が反応するのか不思議であった。今度こそ自分に反応しているのかもと、淡い期待を持っていた。
「この城下町は遺跡の上に建てられている。もとは砂漠の不毛地帯であったが、島の中央部に位置することと、統一に多大な影響を与えた遺跡が発掘された地の為、その上に王宮を建設し首都としたのじゃ。
なぜかは判らんが、遺跡の影響なのか、この一帯では光球は常に最大に反応して稼働しておるのじゃ。
この地を少しでも離れると、王族などの感応者がいなければ反応はしないのだが、ここだけは特別なのじゃ。」
レイラはスーツに乗り込もうとしていた。ピエールもあせって乗り込もうとしたが、レイラに制止されてしまった。
「今はこのスーツを指定場所に移動するだけじゃから、私一人で大丈夫じゃ。」
そう言うと、レイラはスーツを操縦して広場の片隅へと動かして行く。
ピエールは先ほど解いたロープを束ねて荷車の上に置き、ホバーカーをスーツの所へ移動させようとして、ふと公園の中央に目をやると、そこは小高く土が盛り上げられていて、大きな石碑が立っていた。
ピエールは石碑に近づいて碑文を読んだ。
『巨神の兵は幸福の使者にあらず。誤用は不幸を招くのみ。人民の生活と文化の発展のためだけに役立てよ。』
「バトルスーツと共に遺跡から発掘された碑文じゃ。
もっと小さな石碑で、古代文字で刻まれていたので、統一国家平定後に現代文に翻訳して、父がこの広場に大きな石碑を立てたのじゃ。
以降バトルスーツは農地の開梱や道路の舗装など、戦闘以外の目的に特化して使用されるようになった。」
バトルスーツを指定場所に置いてから、レイラがやってきて碑文をじっと眺めているピエールの背中から声をかけた。
「そうでしたか。古代人の教えを守ろうと決めたのですね。それでもバトルスーツの更なる技術向上を図ろうと、模擬戦による競技会だけは開催されるようになったというわけですね。」
ピエールはおぼろげながら、石碑の意味するところが分かってきたように感じた。
「そうじゃ、王宮の守備などのバトルスーツは、極力最低限にしてな。
そうした上で、ここであれば感応者の影響もなしに公平にバトルスーツの性能と操作者の技量を評価できるとして、純粋に技術向上のために競技会が催されていたという訳じゃ。
ところが、この事は裏を返せば、この地であれば感応者の力を借りずにバトルスーツの数だけで圧倒出来るという事なのじゃ。軍部を抱え込んだエンドルフィン叔父がクーデターを起こした時、王宮の中で戦えるバトルスーツは数体しかなかった。それを30体ほどのバトルスーツで制圧されたのじゃ。」
レイラは遠い昔を思い出すかのように夕暮れの茜色を見上げていた。
「国王の感応であれば数体だけでもいれば、圧倒的パワーで跳ね返せるはずだった。
現に地方の戦いでは十倍ものバトルスーツの数の差でも打ち破ったことがあったらしい。
ところがこの城下町と王宮では光球は常に最大に稼働するので、感応者に関係なく最大能力で機能するのじゃ。
そのような事にも気づかずに、王宮の警備を手薄にしていた我が国王は、考えの至らなさを悔いて病床に臥せってしまったのじゃ。」
「そうでしたか。クーデターの知らせはマジック国でも聞き及んでいました。
兄弟間での国を治める方策の違いから、民の信望を集めるエンドルフィン君のクーデターと評されており、内情が判明するまでは兄弟げんかに介入しないとして、マジック国もボールポイント国も独立して中立国を宣言いたしました。しかし実際は突然の軍事蜂起であったわけですね。」
「エンドルフィン叔父は、民の信望が厚かった訳ではない。父君の方が愛されていたと私は思っている。
それを叔母君の実家のフリクション家が財に物を言わせ農地を買い上げ、小作人化して民衆を束ねて行ったのだ。
それでも防衛機能が確立されていれば、破られることはなかったはずだ。
かつて不毛地帯であり戦略的にも重要視されていなかったので、この地で戦闘が起こったことは一度もなかったらしい。遺跡の発掘中は中立地帯として戦闘が禁止されていたしな。
その油断が仇になったのだな。
宮殿の守り神と評されていたバトルロボットも、国家統一後は縁起が悪いからという理由で、どこかに封印されたと聞いておるしな。」
レイラはバトルスーツの所に戻ると、今度は荷車から荷物を取出しテントを張りだした。
「えっ?ここで野宿するのですか?ホテルに泊まるのではないのでしょうか?」
ピエールはレイラの行動に驚いて、慌てて問いただした。
折角のレイラ姫との外泊に、淡い期待を持っていた訳ではない。
一国の王女が野宿することは避けねばならないと考えているのだ。
「何を言っておる。これから徹夜でバトルスーツの最終調整をするのじゃぞ。
先ほどから言っているとおり、この地では光球は常に最大稼働するのじゃが、それでも反応する脳波の周波数により、若干の強弱は出来る。
城では国王の脳波に強く反応する様調整されているので、ここでは微調整が必要となってくる。
小さなことだが、能力が拮抗したバトルスーツ同士の戦いでは、そのような事でも勝敗を分けるのじゃ。
なにせ、相手は常にここで最大級の能力を発揮できるよう調整されたバトルスーツなのだからな。
テントを張ったとしても寝るわけではない。荷物を広げるためだけじゃ。」
レイラの言葉通り、バトルスーツの調整は夜明けまで続いた。
ピエールもレイラの指示を受けて、部品や工具を手渡しして、少しでも協力していた。
思えば、彼女は一人でこの会場へ来て、たった一人で一晩中この広場でバトルスーツの調整をするつもりだったのである。
(か弱いとは言い難いが・・・)うら若き乙女が、休戦中とはいえ敵国の都市で、たった一人で行動するなどと言う事を、認めてしまう家臣たちもそうではあるが、その家臣たちからの信頼を勝ち取って送り出されてこの場にいる彼女の生きざまに、何とも言えない感動を覚えた。
闇が白くなって視界が開けてくると、周りでもバトルスーツを調整している者たちが数知れず居るのが確認できた。ほとんどがいかつい体つきをした屈強な男達であり、大半は軍人であろうことを想像させた。
調整が終了し、レイラがテントで一眠りすると言って誘われたが、恐れ多いとして断り、ピエールはテントの入口外で立番をすることにした。先ほどから目つきの悪い者たちが、調整を続けているレイラの体を舐め回すようないやらしい目つきで眺めていたのを、ピエールも感じていたからだ。
1刻ほどの仮眠の後に、レイラが顔を洗おうとテントを出て公園の水飲み場へ向かおうとしたが、うす手のTシャツに半ズボンと言う恰好であったために、ピエールはテント内で着替えてから出てくるように諭した。
仕方なくレイラは甲冑に身を包んでテントから出て、水飲み場で顔を洗う事となった。
干物などの保存食で朝食を終えた後、バトルスーツに乗り込み競技場へと向かう。
競技場は公園の中央部に位置していて、既に何体ものバトルスーツが受付の順番を待って並んでいた。
レイラたちのバトルスーツも、順番待ちの列に並ぶ。しばらくしてようやくレイラたちの受け付け順となった。
「レイラ・ペンシル。ペンシル国王女。大会に参加します。」
競技場入り口のゲートに備え付けられているカメラに向かって、バトルスーツの向きを変えマイクに向かってレイラが話した。
「レイラ・ペンシル。受付No.10番。1回戦はBブロックで3番目の対戦です。
10番ゲートへお進みください。」
合成音が帰ってきて、ゲートが開き通路に矢印が表示された。
矢印に沿って進めば10番ゲートに辿りつくという事だろう。
途中、通路から広い場所に出たが、そこの壁には人だかり(バトルスーツだかり?)が出来ていた。本日の対戦表が掲示されているようだ。レイラもバトルスーツのまま、対戦表を見ようと進んで行った。
「ほう、本日の参加は全部で20チームか。
マジック国とボールポイント国も、それぞれ2チームずつ参加しているな。
彼らのチームはよく知らぬが強いのか?」
レイラは対戦表のAブロック側に、バトルスーツのカメラの照準を合わせながら後ろを振り向いた。
「いやあ、私は剣術ばかりに没頭していまして、バトルスーツに関してはからきし・・・。」
ピエールは自国の事もよく知らぬことを恥じる様に頭を掻いた。
1回戦からマジック国のチームとボールポイント国のチームがそれぞれ2チームずつ対戦するように組み合わされている。更にその勝者同士で2回戦だ。
潰しあいをするように組まれていると指摘されても文句は言えないだろう。さらにその反対側ではジェノバと書かれたチーム名がシードされている。
「ジェノバも参加する様じゃな。Aブロック1・2回戦はシードか。
しかし、3回戦での対戦相手はどれもバトルスーツの専門学校時代に優秀だった生徒ばかりだな。
特にマジック国とボールポイント国同士で2回戦を戦った後に3回戦で対戦するのは、学年でトップだった奴じゃ。
Bブロックはと言うと・・・・。全てマーカー国のチームで、しかも全員が専門学校の教師のチームじゃな。
私の恩師もたくさんいるようじゃ。こちらも強敵ばかりじゃ。」
レイラは真剣な表情で、モニターに映る対戦表を見つめていた。
既に頭の中では戦闘のシミュレーションが始まっているかのように。
「でも、我々も1回戦からの参加です。その為Aブロックとの決勝戦までは、4回勝たなければ進めません。
対するジェノバ王子は2回勝てば決勝戦です。ずいぶんと不公平ですよね。」
ピエールは子供っぽく頬を膨らませるのを、はばからなかった。
「まあ、そういうな。敵地での戦いなどそういったものだ。
1体9などと言った変則マッチでないだけありがたいと考えねばならん。
それに、ジェノバの対戦相手だって強力だから、彼らが特別楽という訳ではない。
対戦が少なくても相手が強ければ、やすやすと勝ち残ることは出来んのじゃからな。」
レイラは平然と笑ってみせた。
しかし、ピエールはマーカー国の他の参加者は、誰がジェノバと当たっても、勝ちを譲るであろうことを想定していた。彼らは他国の参加者をつぶすために全力を投じて勝利し、ジェノバとの対戦で敗れる、いわば王子の引き立て役になろうとしているだろうと考えているのだ。
レイラは対戦表の所を離れ、No.10と表示された矢印に従って通路を進んで行く。
やがて、太い柱に10と表示されている場所へ着き、矢印の表示は消えた。どうやらここで待機するらしい。
既に頭上の闘技会場では対戦がはじまっているのか、ズンズンという大きな音と共に、度々天井から砂ほこりが落ちてくる。
武器の種類や設置場所など対外秘の部分がある為、他者の戦闘状況は対戦待ちの参加者には見せない約束のようだ。この場所でただじっと呼び出しを待つだけである。
しばらくすると、受付No.10に対して対戦準備位置へ移動するようにと放送がかかった。
レイラは柱の前で点滅している円の中央部分まで、バトルスーツを移動させる。
すると、天井が開きバトルスーツが床ごとせりあがって行く。