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第5話

                   第5話

「姫様に何をしたんだ!」

 階段を下りてから長い通路を進み、突き当りの木のドアを開いた先は、カウンターだけの小さなバーであった。

 男たちはカウンター席にピエールを座らせ、両側を囲むように自分たちも腰かける。

 そうして、ピエールを咎めるような厳しい目つきで、尋ねてきた。


「へっ?」

 ピエールは質問の意味が分からずに、思わず聞き返す。

 するともう一人の男が、ピエールの背中越しに話しかけてきた。


「姫様との関係だよ!あろうことか、道場で姫様の膝枕で寝ていたそうじゃないか。

 新参者に、我らが姫様がかどわかされたって、若い兵士たちに動揺が走っているんだ。」


「あ、ああ。あれですか。

 不覚にも姫様の投げを喰らってしまい、気絶してしまったので、もったいなくも姫様が介抱してくれたのです。

 決して膝枕でいちゃいちゃしていたのではございません。」

 ピエールは自分のふがいない出来事を、恥ずかしそうに顔を赤くしながら答えた。


「そ、そうか。いや、そうであろう。お前のようなひょろっとした男に、我らが姫様がなびく訳がないんだ。

 ほれみろ、俺の言った通りだ。姫様の膝枕と言うのは悔しいが、それにしても女に投げられて気を失うなんて、なんて弱っちい・・・。」

 ピエールの振り返った反対側から、今度は赤ら顔の男が思わず吹き出しそうになって口を押えて見せた。


「いや、隊長殿、信用できませんぞ。

 なにせ我々があれほどついて行くと言っても、たった一人きりで参加すると言い張っていたバトルスーツの競技会に、この男を連れていくと突然言い出したのですから。

 あの手この手で、純粋な姫様を騙して手懐けたに違いありません。」

 赤ら顔の方を振り返ったピエールのまたまた後ろ側から、体格の良い男が話しかけてきた。


「いや・・・、何とも。そ、それにしても、このような古城の地下に、酒を出す店があるのですね。

 ずいぶんと洒落た構造だ。」

 ピエールは、二人の会話の意味がとんと理解できないので、とりあえず連れてこられた店についての会話に切り替えようと努めた。


「ここは、酒屋じゃないのよ。バーではあるけどね。」

 ピエールの話をカウンター越しに聞いていた、若い女給がショットグラスを差し出しながら答えた。


「えっ?バーではあるけど酒屋ではない?そんななぞなぞみたいなこと言って、一体どういう事ですか?」

 ピエールは驚いて、立ち上がって女給に詰め寄った。


「ここにあるお酒はねえ、元々旧王宮の地下蔵に保管されていた王室のお酒だったのだけど、マーカー国の奇襲にあって旧王宮が侵略された時に、ここに居る近衛隊隊長がたった1台のバトルスーツで守り抜いて、ここまで運び込んだものなのよ。弱小化したペンシル国では、酒蔵も興せなくて居酒屋もない状態なの。


 どうせ戦火で消失するはずだった酒だからと、国王の許可を得て兵士たちの慰労用にと、お城の中でバーを開いているという訳。だから、私もバーの女給ではなくて、お城付きの女中だから間違えないでね。」

 女給だとばかり思っていた若い娘が、ピエールの傍らに居る赤ら顔の男を指して説明してくれた。

 彼が近衛隊隊長なのであろう。


「へえ、ここに居る近衛隊隊長様は、王宮が攻め込まれた時に戦いもせずに、大事な酒を一人で守ってこの城まで運び込んだという訳ですね。通りでずいぶんと赤い顔をしているようだ。よほどの酒好きと見える。」

 ピエールは、突然城の地下に連れてこられて、意味のない質問をしてくる近衛隊隊長たちに、嫌味の一つでもぶつけてみようとした。


「馬鹿を言うな。隊長殿はな!」

 ピエールの後ろ側から、体格の良い方の男がピエールの肩を掴んで自分の方に振り向かせようとしながら、怒鳴りつけてきた。


「まあ待て、衛視長。」

 赤ら顔の男は、冷静に彼を制した。体格の良い方の男は、衛視長のようだ。


「自分に都合の悪い話を逸らそうと、きつい意見を放ってきた様子だな。でも、そんな言葉には動じないぞ。

 それよりも、随分と姫様のお気に入りの様子だが、どんな卑劣な手を使った。まさか力づくで・・・。」

 近衛隊隊長が厳しい目つきでピエールに迫ってくる。ピエールはカウンターの椅子に腰かけたまま身を反らそうとしたが、後ろにも衛視長が居て逃げ場はなかった。


「い・・・、嫌だなあ。一体どうしたんですか。レイナ姫様とのことなら、何もありませんよ。

 昨日はジェノバ王子との会食に同行して、本日は姫様の剣術と格闘技の相手をさせられました。そうして、投げ技を喰らって気を失ってしまいました。


 その後バトルスーツというものを見せられて、その大会に同行するよう命ぜられました。それだけです。

 私が姫様に何かを進言して、このような状況になっている訳ではございません。」

 ピエールは、昨日姫のお付きとしてお役を賜ってからのいきさつを正直に説明した。


「ふむ、そうか。そうは言っても、あのようにお美しい姫様だからなあ、お主も狙っているのだろう?」

 近衛隊隊長は、ニヤつきながら肘でピエールの脇腹を小突いてきた。


「いえ、滅相もありません。一国の王女様ですし。

 それに、余りに気が強すぎて、失礼ですが私の理想とするところではありません。


 ただ、あのように女の細腕一つで、何とかこの国を守って行こうと決心されている健気な思いに心を打たれまして、力の限りお守りしようと、断られてもバトルスーツの大会に同行するつもりではいましたが、姫様の方からご命令いただき喜んでいる次第です。」

 ピエールは真っ直ぐに近衛隊隊長の目を見つめながら正直な気持ちを話した。


「そうか。そうであればいい。しかし、お前は女を見る目がないなあ。

 まあいいだろう、お前の好みに関しては何も言わん。これからも姫様をお守りしてくれ。頼んだぞ。」

 そう言い放つと、近衛隊隊長はピエールを一人バーに残して、衛視長と二人で出て行ってしまった。


「バカねえ、あんなこと言って。本当に近衛隊隊長を怒らせようとしていたの?

 下手をしたら、殺されていたわよ。彼が止めなければ、衛視長にブッスリとね。」

 女中はピエールのグラスに酒を注ぎながら、呆れた様に話しかけてきた。


「えっ?あんなことって?」

 ピエールには、彼女の言っていることが、何のことかさっぱり判らなかった。


「ここのお酒の事よ。あんな話は、軍事情報を隠すための作り話に決まっているじゃない。

 確かに近衛隊隊長は戦火の中をバトルスーツで大量の酒樽を運んできたけど、それは国王様と王子様を酒樽の中に隠して、密かに王宮を脱出させるための手段だったのよ。


 姫様は果敢にもバトルスーツで戦闘に参加したから、戦況を見ながら避難出来たけど、倒れられた国王様と体の弱い王子様は逃げ遅れてしまって、どうしようもなかったのよ。

 そこで一計を案じて大量の酒樽の中に身を潜ませて運んできた訳。


 反撃するための武器も持たずに、酒樽を運ぶまさに命がけの運搬よね。敵の銃撃からかばうためにバトルスーツで樽を守ったから、スーツはボロボロになって使えなくなったけど、それでも何とかこのお城まで辿りついたわ。

 それでも国王様と王子様の身には怪我一つもなかったのよ。


 そうして半分以上の酒は残って運び込まれたの。

 その戦果ともいうべき酒を、他に娯楽のない兵士たちの為に振る舞っているというわけ。」

 彼女は諌めるような口調でピエールに説明した。


 そうだったのだ、アル中の近衛隊隊長が自分の大事な酒だけを守り抜いたのだと思っていたのだが、違ったようだ。国王様たちを避難させるために、行われた作戦だったのだ。

 ピエールは、今度近衛隊隊長に出会ったら失礼を詫びようと、心に決めた。


 翌日からレイラとピエールは何度も戦闘シミュレーションを繰り返し、バトルスーツの改良を重ねて行った。

 ピエールは、作業の合間を見ては地下のバーへと通う。それは、普段は城の警備に忙しくて近づくことも出来ない近衛隊隊長に会って非礼を詫びるためだ。


「どうしたの、連日のバー通いじゃない。そんなにお酒が好きだった?

 それとも、姫様にこき使われる鬱憤を晴らすために来ているの?

 大体あんたは人を見る目がないっていうか、あんなやさしくすばらしい姫様にお仕えしていて、何の不満もないはずなのに、何が面白くないのかしらねえ。」


 いつもの城付きの女中が、暇そうにピエールに話しかけてきた。

 無理もない、数日通い詰めてはいるが、初日に3人で来た以外は、常に客はピエール一人だけであった。

 よほど流行っていないバーなのであろう。


「いやあ、あの日の非礼を近衛隊隊長に詫びるために、ここで出会うことを期待して通い詰めているのですよ。

 なかなか出会えないけど、近衛隊隊長は週にどれくらいの頻度で飲みに来るのですか?」

 ピエールは、閑散としたバーを見回しながら尋ねた。


「来ないわよ。」

「へっ?」

 女中の言葉に、ピエールは思わず素っ頓狂な声を上げた。


「ここは、娯楽のない兵士たちの憩いの場として開放していると言ったじゃない。

 そんなところに上官が通っていたんじゃ兵士たちがくつろげないだろうと、近衛隊隊長も衛視長もあの日以外では来たことはないわよ。


 ところが、二人とも大のお酒好きだと知っている兵士たちも、申し訳ない気持ちで一杯なのか遠慮して、ここへは来ないのよ。最初のうちは私の魅力がないからかしらなんて悩んだけど、どうも兵士たちが話している所ではそういった理由みたいね。


 お互いに相手の事に気を使いすぎてしまっているみたいよ。なにせ、残ったお酒は十分な量ではあるけど、無くなってしまっては、この国の経済状況から補給することは出来そうもないから。

 皆、他の人の為に遠慮しているのよ。」


 その言葉を聞いて、ピエールはグラスを持ち上げて、おかわりを要求しようとした手を止め、自分の浅はかさを反省しながらバーを後にした。そうして、以降のバー通いは止めた。



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