第4話
第4話
「こ、これがバトルスーツのパワーの源の光球ですね。」
ピエールは、何とか話を別の方向へ向けようと話を切り替えた。
「そうじゃ、この国を治める王族に反応してエネルギーを発生する不思議な球じゃ。」
レイラが調整をしている胴体部分には人が乗り込んで操作するための座席が備え付けられている。
その座席の奥側に眩いばかりの光を放つ球体が浮いている緑色の液体を入れた透明の容器が収められている。
容器には4本の管が接続されていて、よく見ると緑色の液体は管を通して循環しているようだ。
「今の技術力では、この球体の仕組みは全く分ってはおらん。分解して内部構造を調査する事が出来ないのじゃ。
この国にあるもっとも強力な爆薬で破壊を試みた事があったらしいが、球体の表面にかすり傷一つ付けられなかったという事だ。
遥か太古の文明が作った物らしいのだが、今ではその原理すらわからない。
太古の遺跡から多数出土したので、マジック国にもバトルスーツの他に、施設の空調や照明の為のエネルギー源としていくつか稼働していたであろう?
そうでなくても、移動手段として馬より高速で便利な、ホバーカーの動力にもなっている。
まあ、ホバーカーですら旧遺跡から掘り出された原型を複製しただけで、動作原理はほとんどわかってはいないのだがな。今のわが国では、そのホバーカーすらわずかしか所有しておらん。
昨日運転してもらった、王宮関連の重い荷物を運ぶためのものと、遠く離れた国境警備用の数台を残すのみだ。」
レイラは自分で操作用シートの具合を何度も確認しながら、答えた。
「いやあ、王族とはいえ末端の親戚である私などは、国の重要機関であるエネルギー庁などには近づくことも出来ませんでしたよ。私も移動手段としては、ホバーカーよりも馬を愛用していましたしね。
一応ホバーカーの免許は取得してはおりますが、余り乗ることはありませんでした。
バトルスーツは模擬戦闘しているところを遠目から何回か見たことはありますがね。
この球は王族でも男性にだけ反応するのですよね。今も反応して動いているようですが・・・。」
ピエールは容器を循環して流れている緑色の液体に関心を持って、その流れをじっと見つめている。
「ああ、今は城の中に居るからな。この球が反応する強さは、王族の血の濃さに比例すると言われている。
病床とはいえ、この城で療養なされている現国王に対して反応しているのじゃ。
国王が若い時には連結作動するように組み込まれた光球が周囲1遠里の範囲内で反応して稼働し、数台のバトルスーツを同時に動かせたということじゃ。このように光球に影響を与える人を感応者と呼んでいる。
ピエールは昨日ホバーカーを運転してくれたが、ホバーカーを動かす程度の感応であれば、この国の中でも多数のものが持っているらしい。勿論男性に限られるがの。
ところが、巨大なバトルスーツを動かすまでとなると、数がぐっと減るのじゃ。
尤も、この光球は選択的に国王の脳波に反応するように調整してあるしな。」
「脳波に?」
「そうじゃ。感応者の脳波に反応しておるらしい。
感応者毎に脳波の波形のリズムが異なるらしいのだが、特定の脳波に特に強く反応するように調整することが出来るのじゃ。」
「そうでしたか。私も王族の端くれの為、私に反応したのかと勘違いいたしました。」
ピエールは恥ずかしそうに笑って、頭を掻いた。
「まあ、ホバーカーを扱えるという事より、ピエールに対して反応しないとは言えんのだが、なにせ現国王の影響は強大じゃし、それ用に調整してあるのでな。
国王に対して反応している時は、容器の中の液体が緑色に光るので、今はピエールに対して反応しているのではないと判るのじゃ。
この城に置いてある限り、常に光球は稼働しているのじゃ。いかんせん、この古城では光球が稼働してもエネルギーシステムがないから、照明なども油の行燈しか使えんがな。」
レイラは座席の調整が終わったのか、ピエールの方に振り返った。
「それに、王族に反応すると言うのは実は正しくはないのじゃ。
先ほども言ったように特定の脳波の持ち主に反応するのじゃが、その反応の強さも異なる。
特に強い反応を示した一族が、この地を支配して王となったと言ったほうが正しい。」
「へっ?と言いますと?」
「かつてこの島はいくつもの豪族に分割支配されておった。
弓矢や剣による度重なる戦闘で民も兵も傷つき疲れはてていたという事じゃ。
そんな時に、この島の中央部の砂漠地帯から、遺跡が見つかり光球とバトルスーツが発掘されたのじゃ。
それは大量に出土し、瞬く間に各地の豪族間に広まり戦闘の方法を一新させた。
その時に圧倒的なパワーとスピードでバトルスーツを操り、他の豪族を平定して王国を築いたのが若かりし頃の王とその親族たちだったらしい。私などが生まれる何年も前のことのようじゃ。
同様に出土した銃やライフル及びロケット弾といった火器や、レーザー光線などの兵器により、それまでの弓矢や剣に対して、戦いの道具も大きく様変わりしたということじゃ。」
レイラはこの地の歴史として学校で習ったであろう事柄を、真剣なまなざしで聞いているピエールを不思議に感じていた。
「そうでしたか、私は幼少の頃は療養所で過ごしたため正式な学校教育を受けておりませんでした。
そのくせ成長してからは朝から晩まで剣術の稽古に励んでおりましたので、その辺の歴史に関しては疎うございます。大変勉強になります。」
ピエールは深々と頭を下げ、感謝の意を表した。
どうやら自分よりはるか年下のレイラから教えを乞う事に、何のためらいもない風である。
「現に、この王宮の守備隊に所属する近衛隊の隊長も光球を稼働させることが出来る感応者じゃ。
血縁関係にはないがの。その為、地方でバトルスーツを稼働しなければならない時など、隊長自ら乗り込んで出かけることもある。
加えて、国境警備をする兵士の中にも、必ず感応者を配置する様にもしておる。遠距離故、高速なホバーカーを扱う事が出来るようにな。だが国王が近くにいる時は、国王の影響力が強すぎて、それら感応者の脳波の影響がかすんでしまうのじゃ。
その為、例え近衛隊隊長自らが出動する時でも、国王と共に行く場合は国王に合わせて光球を調整する訳じゃな。だから、城を離れれば、ピエールにも光球が反応することが確認できるかも知れんぞ。」
レイラはピエールの光球への影響力にも、興味を示してきたようだ。
「国王に反応して光球が稼働するとは言っても、バトルスーツ自体の操作はこの操縦席にて行うので、直接の戦闘は搭乗者の技量による。
しかし、基本的なパワーやスピードは光球の反応の強度に影響するため、どうしても感応者の力は無視できないのじゃ。
その影響を無くして、皆同じ条件下でバトルスーツ自体のパワーやスピード及び操縦者の技量を評価するのが、競技会という訳じゃ。
ペンシル国主催で毎年開催されていたのじゃが、ここ何年かはマーカー国で開催されておる。」
「その競技会に、レイラ姫も参加なされるわけですよね。
でも、いくら休戦条約を締結したとはいえ、敵国で開催される競技会に出場して大丈夫ですか?
安全面に関してもそうですが、バトルスーツの設計技術など敵国に漏れはしませんか?」
「その点は十分に承知しておる。ジェノバが保証しているし、安全面に関しては大丈夫であろう。
奴はボンボンだが卑劣な手を使うような奴ではない。その点に関しては信用しているのじゃ。」
「でも、戦時下ではありますし、わざわざそのような危険を冒さなくても・・・。」
「仕方がないのじゃ。おぬしも昨晩聞いたであろう、コットン村の事を。あのような事がこの国中で起こっておるのじゃ。それもこれも、マーカー国に侵略され続け我が国の領土が激減したことが原因じゃ。
土地を奪われた農家は収入を得ることが出来ん。そのような民の生活の補填をしたいのだが税収も激減しているため、ままならぬ。
せめて原因の一端を担うマーカー国で開催される競技会で優勝して、その賞金を勝ち取ってきて民へ還元したいのじゃ。このスーツは先の戦闘で破壊されたスーツの部品の寄せ集めじゃ。それでも1体分にしかならなかった。」
レイラは、悔しそうに下を向いた。
「了解いたしました。レイラ姫がそう考えていらっしゃるのであれば仕方がありません。
ですが、念のために私も同行させていただきます。」
ピエールは催し物とはいえ、レイラと少数のお付きだけで敵国へ向かう事には不安があった。
例えどれだけうっとうしがられても、無理にでも同行するつもりでいた。
「何を言っておる。おぬしは既にバトルスーツの足の武器操作で参加が決まっておる。
一緒に行くに決まっているぞ。」
「へっ?」
レイラの言葉にピエールは少々拍子抜けした。
護衛など不要と駄々をこねられ、それを必死で説得することを覚悟していたからだ。
バトルスーツの技術どころか、構造も知らぬ自分を同行させてもらえることに驚いていた。
「そ、そうですか。足の部分の武器操作ですね。私も競技会は見たことがあります。
ひざ部分からロケット弾を打ち上げたり、踵から火炎放射したりするのですよね。その操作ですか?」
「ああ、最も競技会では実弾は使用しない。当たり前だがペイントが入った模擬弾を使用する。
ペイントの当たった位置と量で、そのダメージを推し量るという訳じゃ。
踵の火炎放射はジャンプするのに使えるから、そのまま使用可能だがな。だから重要な役目じゃぞ。」
大好きなバトルスーツに関する話題のせいか、レイラの瞳は輝いているように感じられた。
「そうですか。私が知っている限りは、両手も武器になっていて、指先がマシンガンだったり、目からレーザー光線を出したりしますよね。手や頭の操作は誰が行うのですか?まさかアスカ王子とか?」
「よく知っているな。その辺もペイントに置き換えられたり、出力が最小限に絞られるわけだがな。
バトルスーツはスーツ自体の動きをコントロールする者と、足部分の武器を操作する者及び目のレーザーと両手の武器を操作する者の3人で連携して操作するのだ。本来ならアスカ王子を連れて行けるとよいのだが、まだ幼いし体がそう丈夫ではないので目のレーザーは私が操作する。
手で持つ武器に関しては、マシンガンやレーザー銃ではなく剣と盾を使用するつもりなので、私が操作することになる。」
「そ、そうですか。アスカ王子が無理なら、別の者でも・・・・たとえば近衛兵など・・・。」
ピエールは3人操作の装置を2人だけで操作するという事に不安を感じていた。
「休戦中とはいえ敵国だぞ。大事な家臣をそのような危険なところに連れて行けるはずもないであろう。
元々私一人だけで操作するつもりで参加しようと考えて準備していたのだが、おぬしが来てくれてよかった。
足の部分を任せることが出来るというものじゃ。」
「城勤めの家臣は大事で危ないところには連れてはいけないが、私は連れて行くとおっしゃる・・・。
私は大事に思われてはいない?」
レイラの言葉に、思わず口をついて出てしまった。と同時に大人げないと瞬時に猛烈に反省した。
「馬鹿を申すではない。頼りにしておるぞ。
やはり一人だけで行くというのは、家臣たちへの説得が容易ではないしな。」
レイラはピエールに向かってにっこりと微笑みかけた。
その笑みは何物にも代えようのない、高揚を与えるものであった。
ピエールはレイラに見つめられて、全身が硬直して全ての動きが止まってしまうように感じた。
それは、呼吸でさえも・・・。
「どうした?ちょっとこの席についてくれぬか?位置の調整をしたいのでな。おい・・・大丈夫か?」
固まっているピエールに対して、レイラは不思議そうにその顔を近づけてきた。
瞬きも出来ずにいたピエールであったが、その美しい顔が自分に近づいてきて、あわやという距離で目が覚める。
瞬時に後方へと大きく飛びのき、全身から吹きだす汗をハンカチで拭う。
「は、はい・・・。そ、その席に座ればいいわけですね・・・。」
(危ない危ない・・・。)ピエールは、レイラの惹きつけられるような美しさに惑わされまいと極力平静を装い、立て掛けられたはしごを使って、バトルスーツの中に乗り込んだ。
なにせ、彼女は男勝りで勝ち気の塊のような人である。
彼の理想とする、おしとやかな淑女とは正反対の存在なのだ。
彼が乗り込んだ先には3席が3角形に配置されていて、ピエールが指示されたのは向かって右後方の席であった。
ピエールが席に着くと、レイラも中に乗り込んでくる。
そうして前方の席に着くと操作パネルのスイッチを入れた。すると胴体部分の扉が閉まり、同時に体が浮くような感覚にとらわれる。バトルスーツが立ち上がったのであろう。
レイラの前の操作盤は横に長く、ピエールの位置からも左側は手が届き操作できる距離だ。つまり、内部は非常に狭く、少し前のめりになるだけで、レイラと接触しそうな近さである。
しかし、その空間は不快なものではなく、レイラから漂ってくる心地よいふわりとした香りが狭い空間に満たされ、何とも言えぬ満たされた幸せな気分にさせた。母の胎内の羊水に居る胎児は、きっとこのような感覚なのではないかと思わせる程であった。
「狭いであろう。元々は一人乗りの設計なのじゃからな。
遺跡から掘り出されたバトルスーツは全て一人分の座席しかなかった。しかし、武器の発射操作などでどうしても一呼吸遅れるために、今の技術者が武器操作用の座席を追加設計したのじゃ。
このバトルスーツも私の設計による新作じゃが、基本設計は発掘されたものと変わらないので、3人乗りこむと狭いのじゃ。しかし、この部分を大きく広げようとすると、全体のバランスが悪くなってしまうので、出来ないのじゃ。」
レイラの前の操作盤には、様々な計器が配置されていて、真ん中に四角く囲われた部分には何本もの縦横の線により、丘陵の様なうねりが表示されていて、そこには木々が何本も直立しているような図が描かれている。
目の前の中庭が3D画像で表示されているようだ。
「基本的な操作はすべて私が行う。元々一人乗りなのだから当たり前だな。
武器担当者の役割はと言うと、足に付けられたロケットランチャーの方向に関しては私がスーツの方向を動かして狙いを付けるから、照準があった時に発射ボタンを押すのじゃ。
試しに右手前の木に狙いを定めて見るから、照準があった瞬間に発射ボタンを押してみてくれ。」
レイラはそういうと、スーツは右方向に向きを変え、同時に少し下方に下がったような感覚がした。
実際、モニターの表示も少し低くなって、そこから上方向を向いている。
そうしてその先には先ほどレイラが言った木立が立っている。スーツが屈んでひざを立ててロケット弾を発射する体制に入ったのだ。
「こ、こうですか?」
照準を示す十字が刻まれた円が木立に重なった瞬間に、ピエールは操作盤左のロケット弾発射ボタンを押した。
ゴウッという音と共に、モニター上に放物線が表示され木立に向かって伸びていく。
やがて木立にぶつかって破裂したように表示された。
「すごいぞ、筋が良い様じゃな。姿勢制御で横方向の向きと高さ方向の上下動を制御するのに、両手両足を使うため一人では武器の発射がどうしても遅れるのじゃ。特に相手が素早く動く鳥や小動物などの場合は、全く当たらん。
元々バトルスーツ同士での戦闘しか考慮していなかったのだろうとの歴史的考察じゃ。
バトルスーツ同士でのスポーツ感覚の模擬戦闘だけを行っていたのだろうという、歴史学者もいる位だ。
その為、私一人でも競技会に出場できるつもりでいたのだが、やはり2人いればそれなりの効果があるようじゃな。」
レイラは操縦席のまま後ろを振り返って喜んでみせる。前方の操作盤を操作する為に少し前のめりになっていたピエールの頬のすぐ横に彼女の唇が来て、触れんばかりの距離であった。
頬に触れる熱い吐息に、ピエールの体はまたもや硬直してしまった。
「今は武器を積んでいないシミュレーションモードだから、攻撃状況もモニター画面上だけじゃ。実際に競技会で使用するペイント弾を装着して、明日にでも二人のコンビネーションを再確認することにしよう。」
レイラは何も感じていないかのように、扉を開けて梯子を伝って降りて行った。
ピエールも我に返って梯子を伝って中庭に降り立つ。先ほど的になった木立に変化は全く見られなかった。
なるほど、モニター表示だけであったのだと、ピエールは再認識した。
「おい、お付きの者、ちょっと来い。」
レイラと別れて自室へと戻ろうとしていた時に、不意に2人組の男たちにピエールは呼び止められた。
半分ほど頭が禿げあがった赤ら顔の背の高い男と、少し背が低いががっしりした体格の良い男である。
どちらも初老に差し掛かったころの年齢のように見え、口ひげを蓄えている。厳しい顔つきをした男二人に連れられて、ピエールは王宮の地下と通じる暗く狭い階段を降りて行った。