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第3話

               第3話

 余りスピードを出しすぎると、空中分解しかねなさそうなホバーカーを飛ばして古城へと帰ると、既に深夜に近い時間となっていた。

 それにもかかわらず、城門の所には侍従の他に女中や執事など、城で働いている者が全て出迎えに来たような感じで待ち受けている。レイラとピエールは門番にホバーカーを預けると、城の入口へと歩き出した。


 その光景を見て、大半の者たちはがっかりしたように意気消沈している様子だ。

 ピエールは不思議に感じながらも、うなだれている面々の横を通り過ぎて、入口への階段へ進んだ。


「姫様、どうやら今晩は手ぶらでお帰りのようですね。

 ようやく私がいつも申し上げている事にご理解いただけた様子で、大変喜ばしく感じます。


 大体、夕食会に御呼ばれをして、その時に余った食材を持ち帰るなどと言った、庶民がするようなことを王族である姫様がおやりになることは、絶対にふさわしくありません。

 今後も、王族としての節度ある行動をなされますようお願い申し上げます。」

 侍従は城へ入って行こうとする姫の前方に回り込んで話し出した。


「まあ、良いではないか。余った食べ物を捨ててしまう訳にもいくまい。

 我が国は貧しくて、お城勤めのお前たちですら、満足な食事にありつけておらぬのじゃろう?

 食べ残しであり、申し訳ないとも思うが、手を付けていない部分を貰ってくるだけじゃ。

 いつもおいしくいただいておるじゃろう?」

 レイラは悪びれることもなく、平然と答えた。


『はい!』

 並んで立っていた女中や執事や警備の者たちが、一斉に返事を返す。


「本日も食事会に呼ばれたのじゃが、今日の分はかわいそうな男の子に上げてしまった。すまない。」

 物欲しそうな目で見つめてくる女中たちを尻目に、レイラは足早に部屋へと帰って行ってしまった。

 残されたピエールが、レストランでのいきさつを皆に説明する。


「そういう事でしたら、私たちはお持ち帰りがなくても我慢いたします。

 かわいそうなコットン村の人々に比べれば、私たちは少ないけれど毎日3度の食事は摂れていますからね。」

 若くて元気そうな女中は、笑顔で答えた。


「はしたない。姫様が食べ残しを頂いてくることを当然のように考えるのはおよしなさい。

 だから姫様もそのような恥ずかしい真似を止めることが出来ないのです。

 姫様が持ち帰っても、お前たちが拒否をすれば捨てるしかなくなるのだから、持ち帰ることもなくなるのですよ。

 お互いに気を付けて、栄えあるペンシル王国の名に恥じないように行動していかなければいけませんよ。」

 侍従が厳しい目つきで女中を眺め、苦言を呈した。女中は舌をぺろりと出して、頭を掻く。


「何ですか、はしたない。」

 侍従は尚も女中を睨みつけたが、それ以上の事はせずにそのまま城の中へと入って行った。

 後に残った女中がピエールに小声で囁く。


「あんなことをおっしゃっているけど、レイラ姫様のお持ち帰りの食べ物は、いつも侍従様も喜んで頂いているのですよ。ただ、お立場上仕方なくおっしゃっているだけです。


 でも、カーネル国王とアスカ王子の食事だけは、どれだけ大変でも、この国で採れた1級品を選りすぐってお出ししています。お持ち帰りの食べ物がいかに豪華でも、再利用は致しません。

 厳しい内情ですが、ここだけは譲れません。」


 女中の言葉を聞いていても、いかにこの国の国王や王族が家臣に愛されているのかが伺える。

 ピエールは自国を思い浮かべながら、少しうらやましくも感じていた。



 翌日は早朝から、ピエールがレイラ姫に地下の訓練場へと呼び出された。

 そこには既に甲冑に身をまとった姫の姿があった。


「ずいぶんとひょろっとした体形をしているようだが、昨日のジェノバのお付きを苦もなく撃ち倒した腕は、相当なものと判断した。一つお手合わせ願おう。」

 堅い樫の木で作られた木刀を、ピエールに向かって投げつけてきた。


 昨晩は気付かないふりをしていただけで、あらかたの状況は読み取っていた様子だ。

 木刀とはいえ、まともに当たれば骨も折れるし大怪我もする。ましてや姫は、胴体部分は甲冑を着ているが、小手や面は付けていないのだ。


「いやあ昨晩の事でしたら、ジェノバ様のお付きの方たちが恐ろしくて、目をつぶったまま剣を振り回していたら、たまたま相手の剣をうまい事弾き飛ばしただけなのです。運が良かっただけですよ。」

ピエールは木刀を受け取ったはいいが、そのまま打ち込むわけにもいかず、昨晩の出来事は偶然ととぼけてみせた。そうして、とりあえず構えるだけ構えて見た。


「いやー!」

 しかし、そんなピエールの態度にも委細構わずに、大きな掛け声とともに上段に振りかぶって姫が打ち込んできた。ピエールは防具をつけていないだけに身軽ではあるが、逆に体のどこを打たれても大怪我の危険性がある。

 姫が振り下ろしてきた打ち込みを頭上で受け止めると、そのまま大きく弾き返す。それでもさらに大きく振りかぶって打ち込んでくる攻撃を、今度は軽くいなして右側へ躱して見せた。


 ピエールの後方へと大きく走り抜けた姫は、すぐにターンして打ち込んでくる。

 どうやら攻めっけの強い性格をしているようだ。打ち込みのスピードは相当なものであり、常人では躱せないであろうと感じながらも、寸でのところで体を返して攻撃をかわしてから、すぐに自分も身を翻して姫の体を追った。


 そうして姫が振り返る瞬間に木刀を頭上目がけて振り下ろす。木刀は姫の頭の上をかすらんかの所でピタリと止まった。

「大した腕だな。気に入ったぞ。今度はこれじゃ。」

 姫は打ち込まれた木刀を目を開けたまま見据えていた。


 そうして微笑むと、今度は道着をピエールに渡して着替えるよう促した。格闘技用の道着のようだ。

 麻で作られた厚手の生地のジャケットとハーフパンツに訓練場の隅で着替えていると、更衣室で甲冑から道着へ着替えた姫が現れた。


「では、参るぞ。おー!」

 姫は両手を高く上げて、掛け声をあげながらピエールに近づいてきて、道着の襟と袖をつかんだ。

 投げ技や寝技であれば、姫に大怪我をさせることもないだろうと少し気を緩め気味ではあったが、ピエールも同様に姫の道着の襟元と袖をつかんで構える。


 そうして投げの体勢に入ろうとして右手で襟を引くと、道着の下には白いシャツを着込んでいるのだが、ぴったりとした寸法のそれは形の良い胸のふくらみがあらわになり、更に何とも言えない良い香りが漂ってきて、一瞬目がくらんだようになりピエールの動きが止まった。


「やー!」

 その隙を逃さずに、姫はピエールの引き手を切って体を回転させると、背負い投げで仕留めた。

 油断をしていたピエールは受け身も取れずに床に頭をしたたかに打ち付け、気を失ってしまった。


「ピエール、大丈夫か?」

 ピエールの気が付くと、そこは訓練場の床の上で、道着姿の姫が膝枕でピエールを介抱していた。

 右手には団扇を持って、顔を扇いでいてくれた様子だ。ハッと気が付いたピエールは、即座に起き上がり姫の前で床に両手をつき、頭を床にこすり付ける様に土下座をした。


「も、も、も・・・申し訳ありません。受け身を失敗して気絶してしまいました。

 姫様の膝枕で介抱されるなど、もったいなきことこの上もありません。」


「まあ良い。遠慮するな。私の膝枕であればいつでも貸し出すぞ。

 それにしても剣術の腕は相当のものだが、組み技に関してはまるっきり弱いのう。」

 姫は少し物足りないとばかりに頬を膨らませた。


「いやあ、男の性と申しましょうか・・・。」

 ピエールは頭を掻きながら恥ずかしそうに笑った。

 いくら男勝りで色気とは無縁の性格とはいえ、やはり目を引くような美しさではあるのだ。


「お、男の性?それはどういったことじゃ?」

 姫は不思議そうに問い返してきた。


「いえいえ、何でもありません。つまらない言い訳です。それにしても姫様はお強いですね。

 剣術の腕も相当なものとお見受けしましたが、組み技・格闘技も一流のご様子です。体格的には武術には不向きともいえる、女性らしい体つきでいらっしゃいますが、どのようにして習得なされましたか?」


 本来であれば美しいドレスを身に纏い、軽やかなステップで優雅に踊るダンスや、庭に咲き誇る美しい花々を愛でているのがお似合いであるはずのご令嬢に、これほどの武芸を習得させる原動力は何だったのか、ピエールはどうしても確かめたかった。元から男勝りのバンカラな性格という訳ではないであろう。


「私には守るべき人が居るからな。本来であるならば、国王である父君が王子も含めてこの国を守って行くはずではあるのだが、いかんせん病床の身じゃ。

 アスカ王子が独り立ちできる年になるまでは、代わりにこの私が皆を守って行かなければならぬのじゃ。」


 姫は力まずに笑ってみせた。それは決して義務的に言っている訳ではないことを示唆していた。

 王族の一員として、息をすることと同じように当然の事であるという思いがそうさせているのだろう。


「それよりも、一つ質問がある。先ほどおぬしを投げ飛ばした時に見えたのだが、その背中は・・・。」

 ピエールは素肌に直接道着を着ているが、はだけた部分の背中には皮膚がひきつったような形が大きく模様のようになって、つながっているようだ。


「ああ、これですか。」

 ピエールが道着をめくって背中全体を見えるようにして見せた。皮膚の引きつりはピエールの背中全体を覆い尽くすように広がっていた。一部は脇腹を伝って腹まで達するような大きなものである。


「火傷ですよ、幼い時の。背中全体から右足の裏側までつながっています。おかげで、小さい頃は右足を引きずって歩いていましたが、今では何ともありません。お気になさらずにいてください。」

 ピエールは姫の方に向き直り、道着を正した。


「すごい大怪我ではないか、いったいどうしたというのじゃ?」

 姫は尚も不思議そうに問いただしてきた。


「何でもありません。ただの事故ですよ。」

 ピエールはこともなげに答えた。


「そうか、言いたくなければ無理には聞きださんとしよう。本日の訓練はこれくらいにしておこう。

 着替えてから、工作室まで来てくれ。」

 そう言い残して、姫は訓練場を出て行った。


 ピエールは訓練場に滴り落ちた汗をモップ掛けして拭き取り、清掃した後でお付きの服に着替え、姫に言われた工作室へと向かう。工作室は城の中庭に面した一角にあり、そこには既に着替えた姫の姿があった。

 年頃の娘らしく、訓練で汗を流した後にシャワーを浴びたのであろう、石鹸のいい香りが漂ってくる。


 しかし、またもやその姿は甲冑に身を包んでいる。どうやら甲冑が彼女の普段着であるようだ。

 女中達がいつも陰で囁いている、鋼鉄の少女たるゆえんである。


「すまんなあ、王宮であれば広い競技場もあったのだが、ここでは屋内では天井が低くてバトルスーツを動かすことが出来ん。庭の樹木は邪魔だが仕方がない。ここで動作確認するしかないのだ。」


 確かに所々に生い茂っている大木は、バトルスーツの動きを邪魔する障害になる。動作確認にしても、素早い動きなどは出来ず、ゆっくりと周りに注意を払いながら動かして行かなければならないだろう。


 バトルスーツとは、人が中に入って操縦する戦闘装置の事である。

 胴体に頭と2本の腕と2本の足がある人型が主流だが、そうでなければならないという決まりはない。

 丘陵地や砂漠地帯に沼や湿地と言う、様々な立地を抱えるこの島の中での戦闘で、場所を選ばずに常に最大限の攻撃が可能な人型バトルスーツが適応とされて、戦場へ投入された。


 白兵戦などの人同士の戦闘はいつしか廃れて、バトルスーツ同士での戦闘に限定されるようになってから久しく、城攻めなどもバトルスーツの軍勢で行われるようになったという事であった。


 そうした中で、他国を平定して行きこの島を統一したのがペンシル王国であり、かつては最強のバトルロボットがペンシル王国のお守り神として、いつも王宮を守っていた。

 ところが、ある事件からその最強のバトルロボットは忌み嫌われるものとなり、王宮から撤去され地方の祠に収められてしまう。それでも、その時は既に統一王国の権力が隅々まで浸透し、問題ないと誰もが感じていたのだ。


 そんな折、最も信頼できるはずであった国王の弟の裏切りに遭い、王国はもろくも崩れてしまったのだ。


 今でも戦闘はバトルスーツ同士で行われるのだが、弱小国と化したペンシル国には十分に戦えるバトルスーツも操縦者もおらず、バトルスーツの戦闘による勝敗で決着をつけるのが困難と判断され、中立国の介入により休戦条約が結ばれることになったのである。


 その為、不法にクーデターを喚起し独立国を宣言した上に、継続的に行われた侵略に関してもお咎めなく、マーカー国の実質勝利ともいえる裁定に偏ったのである。

 ただでも小さくなった領地で、更に穀倉地帯であるコットン村までも大半を奪われてしまった状態では、バトルスーツを用いて戦果を挙げるような場合ではないのだが、今回行われる競技会に参加して優勝賞金を稼ぎ、少しでも自国の民に役立てようと考えているようだ。


「そういえば、姫様はバトルスーツの専門学校では優秀な成績を収められていたという事でしたね。」

ピエールは、庭に出してきた人の背丈の数倍ほどの高さのバトルスーツを見上げながら、傍らのレイラ姫に声をかけた。レイラ姫は操縦者が乗り込む胴体部分の操縦席を開けて、調整しているようだ。


「レイラで良いぞ。」

「はっ?」

「姫様ではなく、レイラと呼んでよいと言っているのじゃ。おぬしもマジック国の王族の一員なのであろう?そうであれば少し遠いが親戚じゃ。名前で呼んでくれて構わない。」

 突然の優しい心遣いに、ピエールは恐縮してしまった。


「大体、王室などと言っても侍従や女中など含めてもお城勤めの臣下は30名ほどじゃ。

 以前はもっといたのだが、手当も払えぬため農業指導などと言う名目で、戦争で働き手を失った農家の手伝いをしてもらっている者たちが大半じゃ。そんなちっぽけな国で今さら姫もないであろうしのう。」


「そ・・・、そんな滅相もない。」

 ピエールは両手を伸ばして待てのポーズをしながら、後ずさりをした。


「それに、専門学校は中退じゃ。途中でクーデターが発生したからな。

 本来ならば、バトルスーツの技術者も名乗れん身の上なのじゃ。」

 レイラ姫は、更にさびしそうに引きつった笑顔を見せる。


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