第2話
第2話
「それで、バトルスーツの競技会はどうなのじゃ。予定通り開催されるのか?」
レイラは前菜の温野菜を食べながら、ジェノバを質問攻めにしていた。
どうやら会食の目的は情報収集の様である。
「あ、ああ。予定通り開催されるよ。技術力向上のための競技会だからね。やっぱり君も参加するのかい?」
ジェノバはせっかくの食事時なのに、色気のない会話ばかりにうんざりしながらも、給仕に注がれたワインに舌鼓を打ちながらとりあえず答えた。
「できれば参加したいとは思っている。賞金は高額なのだろう?しかし、休戦とはいえ戦時中だし・・・。
参加したバトルスーツの内部構造の秘密は確保されるというのは本当か?」
レイラは心配そうに尋ねた。
「ああ、優勝賞金は100万ペセタだよ。庶民の暮らしなら何人もが一生遊んで暮らせるだけの額さ。
それに、あくまでも技術の向上が目的であって、技術を盗むことが目的ではない。
だから内部構造の秘密は守られるし、設計図も提出不要だよ。
他国からの応募も受け付けているし、もちろん休戦中のペンシル王国からの応募も可能さ。
大会委員長は、何を隠そう僕だからねえ、安心してくれたまえ。」
ジェノバは誇らしげに胸を張って答えた。
「そうか、だったらよかった。大会までに間に合うかどうかわからないけど、制作途中のバトルスーツがあるから、間に合いそうなら参加を申し込む予定じゃ。」
レイラは運ばれた主菜に手を付けながら、安心したように微笑んだ。
その顔を見てジェノバもつられて笑みを浮かべる。
「レイラは学校へ行っていた時からバトルスーツの制作には才能があるって、有名だったよね。
しかし、今回からはその時の先生たちも大会に参加するから、簡単には優勝は出来ないよ。
なにせ、我々が通っていた学校は、今はうちのマーカー国側にあるのだからね。」
かつてはペンシル国王宮の城下町にあったバトルスーツの技術者養成学校であったが、クーデターで王宮を占拠され、城下町はマーカー国の首都となっているのである。そんな経緯を気にも掛けずに、ずけずけと言ってくるジェノバの天然ぶりに呆れながらも、レイラは愛想笑いを繰り返した。
「そんなことよりも、大会の前夜祭には盛大なパーティを王宮にて開催する予定なのさ。
今日食事に誘ったのは、そのパーティでのパートナーに君を指名したかったからだよ。OKしてくれるだろう?」
ジェノバは当然のごとく返されるであろう、色よい返事を待ちわびながらレイラの表情を追った。
「いや、済まない。もし大会に出場するとなったら、大会前夜はバトルスーツの最終調整で徹夜作業だろう。
パーティなどに参加する余裕はないと思う。」
「えー?バトルスーツの調整なら技術者に任せておけばいい。
僕ももちろん大会には僕の設計のスペシャルスーツで参加するけど、調整は技術者任せさ。
操縦者は前夜祭にでも出てリラックスして大会に挑んだ方が、いい結果が出ると思うよ。
マジック国とボールポイント国からも参加するけど、彼らも前夜祭のパーティの服装ばかり気にかけていたよ。
ボールポイント国のピーター王子も、前夜祭には参加するしね。」
ジェノバには、レイラが前夜祭のパーティに参加しないという理由が判らない。
楽しいはずのパーティに参加しない理由が、ジェノバには思い当たらないのだ。
「いや、バトルスーツの最終調整は人任せなどにはできない。自分で設計して自分で組み立てたものだから、最終調整も自分で行うのが技術者の端くれというものだ。違うか?」
それでもレイラは頑なに断った。
「ま、まあ、そ・・・そうだよねえ。自分で作ったバトルスーツだしねえ。
最終調整で、パーティなどに出ている暇はないだろうよねえ。
そうだ、それなら僕も前夜祭には参加せずにバトルスーツの調整をすることにしよう。
レイラと隣同士で調整していれば、お互いに助け合うなど融通も利くだろうしね。」
ジェノバは仕方がないのでパーティでの楽しいダンスはあきらめて、少しでもレイラからの心象を良くしようと、態度を変えることにしたようだ。
「いや、ジェノバは前夜祭に参加した方がいい。ホスト役なのだろう?
ホストがいなければパーティが盛り上がらぬではないか。
そのような催しに疎い私にもそれくらいのことは判る。
我が国はバトルスーツの教官も居ないので、自分で何から何まで全てやらねばならないというだけの事だ。
パーティに参加できないのは私だけで十分だよ。」
お決まりの答えで肩透かしを食らったジェノバは、気落ちしてうなだれてしまった。
「しかし、パーティに私が参加しないとしたら、それは審査の点数に影響するのか?
ジェノバが大会委員長なのだろう?」
レイラはテーブル一杯に並べられた食べきれないくらいの食材に苦い顔をしながら、デザートの剥き桃を口にした。
「いや、そんなことはしないよ。僕も参加するので大会委員長と言うのは、形だけのお飾りだしね。
第一、競技会はバトルスーツ同士の模擬戦による勝敗のみで優劣がつけられるからね。
大切な競技であれば、パーティに参加できない気持ちもわかるし、そんな程度の事で君を不利な状況に立たせるようなことは絶対にしないよ。安心してくれ。」
「そ、そうか。ありがとう。」
意外にもフェアな気持ちを伝えられ、思わすレイラは立ち上がり正面に腰かけているジェノバの両手を自分の両手で包み込むように握りしめた。
吐息がかかるほどの距離で見る、その吸い込まれそうな瞳にまじまじと見つめられ、ジェノバは耳たぶまで真っ赤にして息も荒く、昇天間近の様相を見せた。
その時、入口付近の通路わきから大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
先ほどピエールたちが通された、お付きの控室からのようだ。
「どこから入った、このガキ!」
先ほど格闘技の専門家と評された大男が、細くガリガリの浅黒い腕をつかんで振り回している。
その先には痩せこけた少年が苦しそうに、振り回される動きについて小走りに足を動かしている。
大男は食事をしているテーブルの下から、自分の食べ物の皿に伸びてきた手を掴んだのである。
給仕が大量の料理を運び入れた時に一緒に紛れ込んできてテーブルの下に隠れてから、先ほどから何度かテーブルの上の食べ物を失敬していた手であったが、ピエール用の食事に対してであったので、彼はそれを見逃していたのだ。
「○△%&!!」
少年は言葉にならない悲鳴を上げて、必死で逃れようとしていた。
「人様の食い物をかすめ取ろうなんて、なんていやしい奴だ。2度とそんな気を起こさぬように折檻してくれるわ。」
男は掴んでいた手を勢いよく床に叩きつけるようにして放すと、少年は両手をついて床に這いつくばった。
その背中に大きな足を靴を履いたまま勢いよく振り下ろすと、少年はうめき声を上げながら床に腹ばいになった。
「止めてくださいよ。まだ小さな子供じゃないですか。そのくらいで堪忍してあげてください。」
尚も持ち上げた足を少年の背中に向けて振り下ろそうとしているのを見て、ピエールが止めに入った。
部屋の入口の空いたドアの向こうからは、騒ぎを聞きつけてきた給仕の女中たちが心配そうに事の成り行きを見守っている。
「ふん、こういう小さい頃からきちんと躾けないと、大人になっても盗みを繰り返すんだ。
これはこいつの為でもあるんだぜ。なあに、殺すようなことはしねえ。安心して見ていなって。」
大男はピエールに向き直り不敵な笑みを浮かべてから、もう一度自分が足蹴にしている少年を見下ろした。
「止めるんだ!さもないと。」
ピエールは腰にぶら下げている剣に右手を伸ばした。
するとそれに反応して、もう一人の男が長刀を抜くが早いか、ピエールに切りかかってきた。
ピエールは剣を抜くと長刀と軽く刃を合わせてから、軽くいなすとともに剣を大きく振る。
すると長刀は男の手を離れ宙を舞い、少年を踏みつけている大男の右ほほをかすめて勢いよく壁に突き刺さった。
「さあ、放してやってくださいよ。」
ピエールは落ち着いて剣を大男に向けながら、にっこりと微笑んでみせた。
しかしその瞳は笑ってはいないようだ。慎重に男たちの動きをけん制している。
「どうしたというのじゃ。」
騒ぎを聞きつけてやってきたレイラが、ドアの所の人だかりを押しのけて中へと入ってきた。
「いやあ、待合にまぎれてきた少年とちょっとしたトラブルになっただけです。なあ。」
ピエールは目の前の大男に声をかけた。大男は少年の背中に乗せた足を急いで降ろして、後ずさりする。
「どうしたというのだ、お前たち。いくら力が余っていると言っても、このような他国のしかも街中のレストランで暴れるとは何事だ。」
ジェノバもレイラに続いて中へと入ってきた。
「も、申し訳ありません。ジェノバ様。」
長刀を吹き飛ばされた男が、姿勢を直立させ深々とお辞儀をした。大男も急いで並んで頭を下げる。
「どうしたのじゃ?」
レイラは少年を起き上がらせて、ひざを折り少年の目線に合わせて服に付いた埃を払ってやりながら、やさしく問いかける。
「おいらは、この先のコットン村に住んでいるんだ。
うちは農家をやっていたけど、騙されて土地をマーカー国の奴に取り上げられてしまい、仕事が無くなって食べることが出来なくなってしまったんだ。
だから、毎日ここまで来て、売れ残りの残飯を貰っているんだけど、今日は大口のお客さんだから売れ残りは出ないと言われてしまい、家にはお腹を空かせた妹や弟たちが居るから、少しでも食べ物をと思ってこの部屋の食事を頂こうとしたら・・・。悪いのはマーカー国の奴なんだ。父ちゃんを騙して土地を奪いやがって。」
少年は泣きながら経緯を話した。
それによると、元々はペンシル国の穀倉地帯であったコットン村は、クーデター以降の浸食により、既に半分はマーカー国に属していた。
田や畑は隣り合って繋がっていて穀倉地帯として機能していたが、マーカー国の出先機関が水源はマーカー国側にあるのだからと、コットン村に対しても税金をかけると言い出してきた。水源使用税という訳である。
ペンシル王国との2重の税に対して戸惑っている農家に対して、マーカー国であれば土地の税だけで水源使用税は免除されるとアドバイスされ、形だけという約束でマーカー国民の所有と言う手続きをしたらしい。
勿論売買契約だが、形だけなので金銭のやり取りはなかった。にもかかわらず、契約書にサインした途端に態度を豹変させ、マーカー国の地主の土地だから出て行けと立ち退きを迫られたらしい。
今では元の農地の脇の空き地に、小さな小屋を建てて一家で暮らしているという事だ。
そのような農家がコットン村にはたくさんいるらしい。休戦中であるにもかかわらず、事実上のマーカー国の侵略であり、既にコットン村の大部分は実質マーカー国に帰属してしまった様子らしい。
「コットン村は、ペンシル国の北の端の村ではあるが、子供の足だとここまで片道1刻近くかかるであろう。
それを毎日通っておるのか?」
レイラは目に涙を溜めながら、少年の汚れた顔をハンカチで拭いてあげた。
「は、はい。毎日です。この店が定休日の時は別のレストランもまわります。」
少年はそういうと、床に落ちた布袋を拾い上げた。
少年がレイラに中を広げて見せると、そこには食べかけの菜っ葉や肉の脂身などが入っていた。
それを見たレイラの頬を伝う涙は止めることが出来なかった。思わず少年を深く抱きしめる。そうして立ち上がって、後ろにいるジェノバに振り返った。
「まだ食事は続けるのか?」
「いや、ちょっとした騒ぎでごちそう様はしていないけど、君も十分食べただろう?僕はもういいよ。」
ジェノバは両手を自分の腹に当て、もう充分、満腹の仕草をして見せた。
「そうか、ではあの豪華に並べられた食事は全て食べ残しの残飯という事にしてよいのじゃな?」
「あ、ああいいよ。今回も君の召使たちのお土産にお持ち帰りという訳かい?大丈夫だよ、全部持って行ってくれ。
君がいつも食事を残さずに持ち帰ってくれるおかげで、僕も遠慮なく色々な注文をできるというものさ。
少しずつでも色々なものを食べたいからね。助かっているよ。」
ジェノバは明るく笑って見せた。
「いや、今日はこの子に持たせたい。」
レイラは給仕に言いつけて、持ち帰り用の袋に先ほどのテーブルの食事を詰めて持ってくるようにお願いした。
しばらくすると、小分けした幾つもの袋に大量に入った食べ物を、大きな袋にひとまとめにして給仕が現れた。
「ずいぶんと重いが、持てるか?村まで送ってやろうか?」
レイラは少年の体の半分ほどもある袋を、少年に持たせてみた。
「大丈夫です。少し大きい弟たちや友達が店の外で待っているから。
全部で6人いるのでこれくらいは、へいっちゃらです。」
「そうか、気を付けて帰るのじゃぞ。」
レイラは少年の頭をやさしく撫ぜてあげた。
少年は何度も深くお辞儀をして礼をすると、袋を抱えて小走りで店を出て行った。
「このようなことを毎日しているのか・・・。毎日なあ・・・。」
レイラはそれとはなしに、流し目でジェノバの様子を伺って見せた。
彼も初めは何のことか判らずに、少し照れているように微笑んでいたのだが、やがてピンと来たのか懐から財布を取り出した。
「きょ、今日の勘定に少し上乗せしておくよ。あの少年が来た時に、大目に食べ物を与えてくれるようにね。
この店はしょっちゅう来ているから、来るたびにお願いしておくよ。」
ジェノバは給仕に頼んで会計を済ませてから、チップをはずんだ。
「ありがとう。私からも礼を言っておく。」
レイラはそんなジェノバに深々と頭を下げた。
「いいやいや・・・そんな。当然の事さ。」
ジェノバは恐縮して顔を真っ赤にしていた。
「ごちそう様、今日はとても楽しかったぞ。」
レイラは本当に満面の笑みを湛えて、ジェノバを見つめた。
「こちらこそ楽しかったよ。じゃあ、大会を楽しみにしているよ。
でも、あまり無理をしないように。体には十分気を付けてくれ。大事な体なんだからね。」
ジェノバは依然として顔を真っ赤にしながら、まともにレイラとは目を合わせられないでいる。
そんなジェノバの横を通って、レイラは店の出口へと向かった。ピエールも急いでその後を追う。
残されたお付きの男は、壁に刺さった長刀を何とか抜いて、自分の鞘に収める。
そのうちにジェノバも我に返って、お付きと共に店を後にした。