第二掃目 魔王の清掃 序章
「ではまず散らばったゴミを回収せよ!ちゃんと分別するのだぞ!?」
女は箒を刺剣の如く魔物、配下達に突きつけながら指示を出す。
「「「「了解しました!!!!魔王様!!!!」」」」
その命に返事をすると一斉に散らばり戦闘後を片付け始める魔物達。
「魔王様」
女、もとい魔王の傍に一人の執事の如き服装をした男が立つ。
「なんじゃ?今回の戦闘員達が回復したのか?」
「流石にそんなに直には治りません。魔王様と一緒にしないで下さい。」
「う、うむ、そうか……。」
「今回補充する財宝の方なのですがいかが致しましょう?この所、宝石等の金目のものを入れていましたがこのままお続けになられますか?」
やや狼狽する魔王を一切気にする事無く報告を続ける執事。
魔王はその言葉に少し思案する素振りを見せる。
「うーむ……いや。どうも前の冒険者もそうであったが良い武器で攻撃力ばかり上げて防御が疎かな気がする。このままでは僅かなミスで命を落としかねない……。うむ! 防具だ! 現在のここら辺の街にいる人間の冒険者の防具の平均的な防御力を調べよ!そして平均値よりちょっと強い防具を入れるのだ!あ、街では売ってない物を入れるのだぞ?」
「畏まりました。直ちに街に潜入している者達に命じて調べ上げさせます。」
そう言うやいなや執事服の男の姿は幻影の如く消え去った。
「うむっ! さて、我も掃除をはじ」
ポチッ!
スカーーーンッ!
「あ! 魔王様! そこはトラップを復活させ……」
足を踏み出した途端、頭上を落ちてきた金属性のタライが直撃し、地面を転げ周りながら悶絶する魔王に部下の一人が言葉を失う。
一見間抜けな罠に見えるが、特殊な術式で苦痛強化を施している。肉体へのダメージは低いがしばらく行動不能になる程の痛みが走るのだ。
「くぁぁぁぁぁぁっ……ば、馬鹿者! トラップは最後に仕掛けなおせと何時も言っておるだろうが!」
「も、申し訳ございません!」
すぐに持ち直すと土下座する部下に涙目で怒鳴る魔王。
「ええぃっ! こんな事していても時間の無駄じゃっ! さっさと清掃に戻らぬかっ!」
「はっ、ははぁぁぁーーーっ!」
土下座していた配下は身を起こし敬礼をすると、清掃活動に戻っていった。
「ええいっ、全く……」
時間の無駄と解りながらも魔王は部下のミスにブツブツと誰に聞かせるでもなく口の中で文句をこぼし、
「…………マオウサマ…………?」
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如耳元でボソボソと何者かに囁かれる。
絶叫を上げながらその場を飛び退き視線を向けるとそこには黒いナース服を着た一人の、人に近い姿の魔物の少女がいた。
「…………ドウシタノ…………?」
少女はかくんっ、と音が立つかの様な所作で首を傾げ、不思議そうな目で魔王を見つめる。
その少女は大変可愛らしい顔立ちをしていた。
その細やかな体つきも相まって微笑を浮かべる彼女は”ぱっと見”は美少女に見える。
しかしながらその顔には一切の感情が見えないのだ。
微笑みもまるで仮面を被っている様に年中と言っていい程一切表情が変わらないのだ。
本来人間に近い姿をした者は情報収集の為、人の街で正体を隠し暮らすようにしている。
彼女も最初は街で暮らし始め、その容姿からも主に男性陣から最初は歓迎された。最初は。
しかし街の人間と交流をしようとしたが彼女は夜行性の種族で内気な性格でもあった。
なので毎夜毎夜、月明かりの下で仕事帰りの男達に微笑んでいた所、いつしかその道を誰も通らなくなった。
睡眠時間を無理して変えて昼間に外に出てみた所、彼女の歩く所に人気が消えた。
やがて少女は『微笑の魔女』という名で有名になってしまった。
あくまでも潜入任務。
正体がばれたら他の潜入している仲間達にも目が行く可能性がある。
仕方なく彼女は引き上げ、裏方で仲間の治療を担っている。
「わ、我の後ろに気配を殺して忍び寄るでない!」
「…………?」
そう怒鳴る魔王に少女は不思議そうに、いや表情は微笑を浮かべたままだが、反対側にカクンッと首を傾げる。
ちなみに彼女の感情の機微がきちんと感じ取れるのは魔王ただ一人である。
「で、なんのようじゃ? 治療の報告に来たのではないのか?」
「……ウン…………ソウ…………。」
ボソボソと少女は治療の経過を報告する。
「ふむ……一番の重体者で全治二ヶ月か……、我の転移光は良い仕事をしているな! フハハハハハハッ!」
転移光――――
これは現在の魔王が開発した魔術である。
この術が施された者は肉体のダメージが命の危機に迫った時、治療所へと強制的に転移させられるのだ。
それにより魔王軍への死亡者数は圧倒的に減少した。
もっともソレを臆病だ軟弱だと吼える者も僅かに存在するが。
「ふんっ……。以前我を臆病者呼ばわりした者の息子が今回の番人に居ったな……。クククッ、次に会った時にどんな風に吼えて来るか楽しみじゃっ! フハハハハハハッ!」
「……マオウサマ……ワルイカオ……」
「ぬぉっ! まだ居ったのか! というか魔王が悪い顔をして何が悪い!」
高笑いを上げる魔王に突っ込みを入れる少女。
魔王の清掃はまだ始まったばかり。