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牛年おうし座うまれ

作者: 相良直美

 牡牛座って、なんだか気に食わない名前だと私は思っていた。牛を貶めるつもりはないけれど、どうにも可愛くない。子牛座とかだったら、まだ可愛かったのに。私の誕生日は四月二十日。あと一日早ければ、私だってちょっとは可愛いイメージの、牡羊座だった。お母さんが病院に入ったのは十九日。日付をまたいで産まれてしまった自分が恨めしい。そのうえ私は牛年で、ここまで牛に好かれて産まれてくると、もう牛との縁は切れないものだと思えてきた。そのうち私の中で牛と自分が混ざり混ざって、私は牛と一緒になった。牛人間、とでもいうべきだろうか。人間の生活を送りながら、私は牛の生活を送りたくてたまらなくなる。そうして今、二回目の年女となり、誕生日も近づいた私はただ、牛になりたくなっていた。

 食べてすぐ寝ると牛になるぞ。なんてよく言われるけど、その言葉は私には適用されない。牛年で牡牛座に産まれた時点で、私は死ぬまで牛だから。私がいつ、本物の牛になるか、私にはずっと不思議だった。早く、早く牛になりたい。だって中途半端は嫌だから。

高校に入って、カフカの『変身』を読んで私はひどく興奮した。朝起きたら、変身の主人公が虫になるように、私は牛になっているという妄想。汚らしく唾液を垂らす牛は、家族にもだんだんと毛嫌いされていき、最後には、ひとりぼっちで死んでしまう。それでいい、それがいい。『変身』の主人公と違って、一人暮らしだけれど、まぁ、大丈夫。一人きりで死んでいくのには変わりないから。私にとって、牛になるというのは、即ち死んでいくことと同じだった。産まれた時点で死ぬまで牛だ、さっき私が言ったことだけれど、要するに私は、牛になりたくてたまらないのと同時に、牛になってしまった自分は早く死ねばいいと思っている。今、中途半端に牛である私は、無理に命を延ばされているも同然だ。牛になれば死ねるのに、牛になれば死ねるのに。死という言葉は、私にとってひどく甘美だ。会社でうまくいかない、私生活はそれ以上にうまくいかない。全てに対して生きている意味も見いだせない。これ以上、私を生きながらえさせる意味は、どこにあるのだろうか。

 私が牛になったら、死ぬまでに絶対したいことがある。反芻だ。たくさんある胃袋の中に、好きなものも嫌いなものも理想も現実も全部全部、詰め込んで、ゆっくりと溶かしていく。あれだけの数があるのだから、きっと私の吸収したいものも、なくしたいものも、全部入りきってしまうだろう。何度も噛みしめ直して、その一つ一つを大事にしていくと同時に、体から全部出し尽くしてしまう。そうして食べ尽くしてしまう。私の大嫌いな人生がすべて、そうやってなくなってしまったら、後に何も残さずに、私はようやく死んでいける。立つ鳥、いやこの場合は牛か、跡を濁さず。これ以上に素晴らしいことがあるだろうか。牛、万歳。

 私の誕生日まで、もうちょっと。十二時に針が向かっている。寝転がっていたベッドの上に背筋を伸ばして座り、携帯を握りしめて、心の中で小さくカウントダウン。十二時になるのを、息をひそめて待つ。そうやって誕生日がやってきた。五分間、静まった室内に私が発しているピリピリとした空気を味わってから、再度ベッドに寝転がって、時間が過ぎるのを待つ。三十分も経った頃、一度も鳴らない携帯を開く。ハッピバースデートゥーユーと、携帯が機械的に鳴らしてくれるのを聞き終えてから、メールチェックをする。父からも母からも、もちろん数少ない友達からもメールはない。私は体の向きを横向きに変えて、携帯を枕元に放り、体を丸めて寝る体勢に入った。神様がいるなら、お願いです。二十四歳の誕生日プレゼントに、牛にしてください。


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